夕焼けの光が差し込み、赤く染まる車内。 カタンカタンと規則正しく車輪がレールの上を走る音と振動が眠気を誘う。 赤く染まったその電車の車内に殆ど乗客はいなかった。 ただ3〜4人がバラバラに席に座っているだけだった。 だがその中で特に目立つ男がいた。 身長は立っていれば190cmはあろうかという長身で肌は褐色。そして頭髪は老人のような白髪をしていた。 若干茶色を帯びた灰色の瞳は外の風景を映しており、心ここに在らずといった様子である。 彼の胸中に浮かぶのはこれまでの様々な出来事だった。 ――彼の名は衛宮 士郎。 12年前、冬木という街で起こった第五次聖杯戦争を生き残った魔術師である。 彼は過酷な聖杯戦争を、自身のパートナーであり魔術の師匠となってくれた遠坂 凛と、自身が召還し紆余曲折を経て凛の使い魔となり、それでも士郎を主として慕ってくれたセイバーと共に生き残った。 聖杯戦争後は高校を卒業するまでの間、間桐家の縛りから解放され再び凛の妹となった遠坂 桜、その使い魔であるライダー、士郎の義父である切嗣の実の娘イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、そして士郎が姉と慕う藤村 大河を加えた7人で賑やかに、平穏に過ごした。 時には新しく言峰教会の管理者となったカレン・オルテンシアや、元魔術師協会の封印指定執行者であるバゼット・フラガ・マクレミッツの2人もその中に加わっていた。 高校を卒業した後は、凛とセイバーと共に魔術の本場イギリスのロンドンにある時計塔に籍を置いた。 そこでも新しい出会いがあった。 凛の永遠の好敵手にして親友となる女性、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェイト。 彼女と士郎達4人でいろいろな事件を解決し、様々な研究成果を残し、そしていろいろな問題を起こした。 冬木にいた時以上にスリリングでハチャメチャで楽しく過ごした。 その次の年には桜も冬木の管理をカレンに任せ、ロンドンへとやってきて、さらにそれに拍車が掛かった。 ロンドンへ行ってからは他にもいろいろな出会いがあった。 とある事件でぶつかった代行者の最高機関である埋葬機関第7位シエル、エジプトのアトラス院という錬金術師協会に所属しているシオン・エルトナム・アトラシア。 別件の事件で知り合った封印指定を受けた人形魔術師、蒼崎 橙子。橙子が経営する「伽藍の堂」に関わる両義 式、黒桐 幹也、黒桐 鮮花。 彼女たちと出会い、過ごし、共に戦ったのも士郎の良い思い出だ。 ――しかし、今、彼女たちはここにはいない。 桜がロンドンに来た1年後。つまり聖杯戦争から3年後、その事件が起きた。 魔術師として魔術の研究に没頭するあまり、魔術師の掟から道を踏み外した者達は少なからずいる。協会からその内のとある魔術師の討伐要請が士郎、凛、セイバー、桜、ルヴィアの5人に出された。 凛とルヴィアは協会に貸しを作っておきたいなどの打算で、残りの3人は2人をサポートするためにその要請を受けて現地へと向かった。 しかし、士郎のミスでその魔術師の討伐に梃子摺り、士郎はもちろん凛とルヴィア、そして桜が傷を負った。 特に凛の怪我は酷く意識もなかなか戻らず、治癒魔術を使ったとしても半年はベットから出られないほどだった。 それ以外の3人も凜ほどではないにしろ重症だった。 幸い1週間ほどして凛の意識は戻ったが、士郎はそのことに責任を感じていた。 静養の為、凛をつれて日本に戻ってきた士郎達。それに付き合って日本を訪れたルヴィア。 5人は遠坂邸または衛宮邸で凛の傷が回復するまで過ごした。 そして凜の傷がある程度癒えて歩けるようになった頃、士郎はセイバーや凛達の説得を振り切り、 ――袂を分かった。 だが、袂を分かったのは何も凛の怪我に責任を感じていたからではない。 かつて橙子に言われた事を思い出したからだ。 『お前と共にいれば彼女たちは傷付くぞ?』 『分かってます。だからずっと側にいるんです。何があっても守れるように』 『馬鹿め、私が言っているのはそういう意味じゃない。お前が側にいると彼女たちはお前に無茶をさせないために負わなくても良い傷を負う。 ――本当に守りたいと思うものは遠ざけておくものだぞ』 『・・・・・・それは・・・経験からですか?』 『いいや、生き方の選択肢の一つさ』 故に袂を分かったのだ。 その後はかつての切嗣やアーチャーがそうした様に、各地を転々として人助けをしてきた。 無論、彼の人助けが普通の人助けであるはずが無い。 あるときは魔術師を相手に、あるときは死徒を相手に、あるときは人助けとは関係の無い封印指定執行者や代行者とも戦った。 そして士郎は多くの人を救い、守り、時には救えず、守れず、そして敵や仕方なかったとはいえ救えないと判断した人たちを殺してきた。 そして今や、夕日を背景に電車の窓に映るその容姿は、聖杯戦争で剣を交え、魂をぶつけ合ったアーチャーと呼ばれた赤き弓兵、自身の理想の成れの果てである『英霊エミヤ』そのものだった。 (ヤツと同じ道は歩まないと誓ったというのにな・・・・・・) 士郎の胸中にある思いは後悔か、罪悪感か、自身の不甲斐なさを責める声か、それとも別の何かか。 それは士郎にも解らない。 しかし、これだけは言える。 ――後悔はしていない、と。 それをしてしまったら本当にアーチャーと同じになってしまうし、士郎自身本当に後悔はしていない。 そして士郎はその歩みを止めることは無い。 それは何故か。 かつての士郎ならば救えなかった人たちのことを考えるたびに自分を責めていただろう。 しかし、今なら知っている。 確かに救えなかった人も大勢いる。 それでも、 ――それでも、救えた人たちだっているのだから。 故に士郎は歩き続ける。 それに、今は一人だがアーチャーと違って孤独ではないと彼自身、信じているから。 自分勝手かもしれないとは解ってはいるが、たとえ離れていても『彼女たち』と心では繋がっているのだと思えるから・・・。 電車を降り、ホームへと降り立つ士郎。 今回士郎は久しぶりに日本の街を訪れた。 しかし、それは過去を懐かしむためでも冬木に戻るためでもない。 ある情報屋から抹殺指定の魔術師が日本のある街に逃げ込んだという情報を掴んだからだ。 その魔術師は根源への道を開くために、非人道的かつ大規模な研究を行っており、魔術師協会からも正式に抹殺指令が出ていた。 以前にも士郎はこの魔術師の討伐を試みたことがあった。 しかし、結局は失敗。 手傷は負わせたもの、逃げられてしまったのだ。 そして今回その行方が判明したので追ってきたというわけだ。 もし、奴が根源へ至ることを諦めていなければ前回と同じ様に多くの犠牲者が出る。 事実、この街では原因不明のガス漏れ事故や行方不明事件などが後を絶たないからだ。 これ以上の被害を防ぐため、士郎は街に着いてすぐにその魔術師の捜索を開始した。 2日後。 結論から言って士郎は遅すぎた。 士郎が魔術師を見つけたときには、全ての準備が完了していた。 街の中心地、ビル街にあるとあるオフィスビル。そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。 まるで何かの実験場のように青白く光るシリンダーのようなものに浮かぶ人達。 原型を留めている者からそうでない者まで様々だった。 そしてその全ての人が『生きて』いる。 そう、生きているのだ。 五体満足な者も、たとえ手足が無い者でも、脳と脊髄、心臓だけになっている恐らくは『人』であったであろう『モノ』まで、例外なく『生きて』いた。 そのシリンダーらしきものと部屋を覆うようにへばり付く肉塊。 その肉塊は脈打ち、時には触手のようなものまで出して蠢いている。 床や天井、肉塊に覆われていない壁などには血で奇怪な陣が書き込まれている。 その陣はある術式の起動に必要な呪刻だった。 この部屋、いやオフィスビル全体にそれは施されている。 その術式はこの地の霊脈の上に建っているこのオフィスビルに魔力を集め、根源への扉を開くための術式だった。 そしてシリンダーに収められた人たちはその触媒であり、生贄であった。 いや、生贄と言うならば街の人間全てが生贄だ。 施された術式は霊脈を通じて街に住む人々の生命力を奪い、魔力に変換してかき集めるものなのだから。 その術式の基礎となるシリンダーの部屋にたどり着いた士郎は、すぐさま魔術師を排除しようと戦闘を開始した。 しかし、敵も然る者。 一度士郎と戦っていることもあって対策を十分練ってきていた。 加えて戦いを始めた場所が悪かった。 部屋の中にはまだ五体満足で生きている人を入れたシリンダーが複数あり、士郎は思うように攻撃できなかったのだ。 さらに部屋中に張り付いていた肉塊は全てが魔術師の作り出した魔獣の一種であった。 魔術師はその魔獣から出ている触手を手足のように操り、限定的に術式を起動させて魔力を集め、その魔力を利用して強力な術を放ってくる。 対して士郎は魔術師の攻撃を防ぐためや攻めるため、戦いの余波から生き残った人を守るためにと余計なことに魔力を使っていたため、消耗が激しかった。 激闘の末、漸く士郎の放った剣が魔術師の胸を貫いた。 床へと倒れこみ、その場に自身の血で血溜りを作る魔術師。 魔術師を倒し、歩み寄った士郎は満身創痍だった。 体中に魔術で負った傷があり、魔力も尽きかけていた。 魔術師が動かないことを確認すると士郎はシリンダーを壊し、五体満足で生きている人を助け出す。 何人かをビルの外へ出し、最後の一人を外へ運び出そうとしてその人を持ち上げようとした時、突如として術式が起動した。 慌てて先ほどまで魔術師が倒れていた方を振り向く士郎。 そこには息も絶え絶えの魔術師が最後の力を振り絞って術式を起動させているところだった。 「貴様!!」 士郎はその手に双剣を投影し、魔術師を切り捨てる。 「・・・・・・貴様・・・も・・・・・・道・・・づれ・・・だ・・・・・・魔術師・・・殺し・・・め・・・・・・」 その言葉だけを残し、今度こそ死に絶える魔術師。 だが、術式は既に起動してしまっており、とんでもない量の魔力がビルを中心に集まってきている。 そして術式の中心である陣が刻まれた台座の周りには、街中から集まってきた可視できるほど膨大な魔力が渦巻いており、近づくことができない。 (もはやこうなっては術式ごと破壊するしかないな) そう判断した士郎は最後の一人をビルの外へ運び出すと再び部屋に戻ってきた。 士郎は即座に自分の『世界』からこの状況を打開できるものを検索する。 (・・・この少ない魔力で投影できるもの・・・・・・コレしかあるまい) 魔力の収束は続いており、集まってきた魔力だけで『孔』が開き始めていた。 かつての聖杯が開けた『孔』に比べれば小さな小さな孔だ。 もし、この『孔』が広がれば、制御されていないので何が起こるか分からない。 ならば開ききる前に術式の起点を破壊する。 「―― 自分特有の呪を紡ぎ、その剣を具現化させる。 右手に握られたのは、かつてアーチャーが切り札として使用した剣と同じ、捩れた刀身を持つ剣。 そして今や士郎にとって双剣に次いで投影し慣れた剣。 すでに左手には弓が投影されている。 捩れた剣を弓に番え、引き絞る。 そして剣に現在の全ての魔力を注ぎ込む。 「―― 真名と共に限界まで引き絞った弓から、歪に捻じれた剣を放つ。 放たれた螺旋剣は魔力の壁を容易く突き破り、一瞬にして台座に到達する。 そして周りの空間ごと台座を破壊した。 台座を破壊したことで術式も破壊され、魔力の流入は止まった。 次第に部屋中を荒れ狂っていた魔力の本流が収まっていく。 そして魔力の本流が収まった部屋にはポツンとピンポン球ほどの『孔』が浮かんでいた。 だがこの『孔』も魔力の供給が止まった今、放って置けば数分も持たずに消えてしまうだろう。 士郎は『孔』が消えるのを確認するまでそこにいることにした。 暫く『孔』を観察していた士郎だったが、暗い『孔』の奥で何かが小さく光ったのが見えた。 (?・・・何だ?) そっと士郎は『孔』に近づいてその光が何なのか見極めようした。 しかし、突如としてその光と共に『孔』が広がった。 「何!?」 そして士郎は為す術もなく『孔』から広がった光に飲み込まれた。 |