魔法少女リリカルなのはFate 〜赤き錬鉄の魔術使い〜

1章2節 介入



4月27日 高町家

まだ日が昇ったばかりの早朝。
いつも寝ぼすけのなにはにしては珍しく、その日は早くに目が覚めていた。
そして彼女は今、自宅の道場にいる。
目の前ではなのはの姉、美由希が小太刀の木刀を振るっている。
だが、なのはの目にはそれは映っていない。
彼女が想うのはあの悲しそうな赤い瞳をした少女、フェイトのことであった。

《なのは?》

《っ、ユーノ君?》

突然の念話で少し驚いたなのは。
相手はユーノだった。

《どうしたの?こんなに朝早く》

《うん・・・ちょっと目が覚めちゃったから・・・。それでねユーノ君、私考えたんだけど》

《うん?》

《私、やっぱりあの子の事、フェイトちゃんのことが気になるの》

なのはの頭からはフェイトの悲しそうで優しさを内包した瞳が離れなかった。
それが嘗ての自分の境遇と重なってしまうのかもしれない。
だからこそ、なのはにはフェイトを放っておくことなどできなかったのだ。

《気になる?》

《凄く強くて、冷たい感じもするのに、だけど綺麗で優しい目をしてて・・・。なのに、なんだか凄く悲しそうなの・・・》

《うん・・・》

《きっと理由があると思うんだ。ジュエルシードを集めている理由。だから私、あの子と話をしたい。だから、そのために・・・》

美由希が大きく踏み込み、虚空を薙ぐ。なのはの頬を、微かな空気の流れが撫でる。
その姿を見て、なのはは何かを見出したようであった・・・。
美由希に舞の如き鍛錬を見せてもらった礼を言って、なのは道場を出た。
家へ戻る途中、なのはは再び念話でユーのに話しかけた。

《・・・それにね。あの子の事も気になるの》

《衛宮さんのこと?》

そう。なのはにはもう一人、放っておけない気なる人物が加わった。
傷だらけで目の前に現れたことも気になる要因の一つだが、なのはは士郎にフェイトと同じ匂いを感じ取っていた。
だが、士郎の抱えているものはフェイトのそれよりも大きく、どうしようの無いものにも感じられた。

《うん・・・。昨日、衛宮君をベッドに押さえ付けた時に見たの。フェイトちゃんと一緒で、少し寂しそうな目をしてた・・・・・・でも、フェイトちゃんよりも暗くて深くて、それでいて吸い込まれそうに澄んだ目。力強くて何にも負けないような目。だから、衛宮君のことも気になるんだ。・・・なんだか放って置けなくて》

《うん。分かった》

そう返したユーノの視線の先には、体力と魔力の消費の所為か、まだなのはのベッドで死んだように眠っている士郎の姿があった。
ユーノも士郎の事が気になっていた。
士郎からは見た目の年齢にそぐわない貫禄や存在感を感じていたのだ。
ユーノが自分やなのはより少し年上とはいえ、妙に畏まって敬語を使っているのもその理由の一つといえる。
加えて、彼の全身に負っている古傷だ。
士郎が負っていた傷だけでなく、身体中に残っている傷痕はどう考えても相当前にできたものであり、数も大きさも、傷の位置などから予想されるダメージも半端ではないのだ。
いったいどうすればこのような傷ができるのか、ユーノは気になって仕方がなかった。



なのはは道場から戻ってきて朝食を食べた後、ユーノと一緒にこっそりと家族に内緒でパンを焼いて部屋に持ち込んだ。
もちろん士郎の朝食である。
部屋に入る前にノックをする。

「衛宮君、起きてる?」

自分の部屋に入るのにノックをするとは奇妙な光景だが、中には別の人がいるのだから仕方がないだろう。

「・・・なのはか?大丈夫だ、もう起きている」

中から士郎の返事が返ってくる。
それを確認して2人は「失礼しま〜す」と言って中へ入った。

「・・・自分の部屋だろう。私がいるからといって気を遣う必要はない」

「にゃはは、そうだね。でも、やっぱりお客さんがいるから」

そう言ってなのはは勉強机用の椅子をベッドの前まで持ってきて座る。ユーノはなのはの肩の上だ。
そして士郎に皿に載せたパンを差し出す。

「もう体は大丈夫?パンだけど、食べられる?」

「大丈夫だ。ユーノの治癒魔法と君の看病のおかげで、傷の方は粗方回復している」

士郎は身体を起こし、なのはが差し出したパンを受け取って食べ始める。
その姿は、つい昨晩大怪我を負っていた者とは思えないほどの食いっぷりだった。
それを見てなのはとユーノは安堵した。
士郎がパンを食べ終わり、食後の牛乳を受け取って飲む。
一息ついたところで士郎が話を切り出した。

「それで、今日はどうするつもりだ?」

「う〜ん、取り敢えずは普通に学校かな〜。レイジングハートのこともあるし、ジュエルシードを探すのは夕方か明日になるかな〜」

単なる魔法の使用だけならば、今のなのはならデバイスなしである程度は魔法を行使できる。
しかし、ジュエルシードの封印にはそれなりの出力とそれを制御する必要が出てくる。
そうなると流石にデバイスなしでは封印できないのだ。

「そうだね。レイジングハートも大分直ってきてるみたいだし、夕方には修復は終わると思う」

「そうか。・・・それでは私はそれまで回復に専念させてもらうこととしよう。魔力は殆ど戻ったが、まだ体力が回復しきっていない。もうしばらく掛かりそうだ」

士郎の魔力はこの異常なほどの大源の所為かユーノの治癒魔法の所為かは分からないが、殆ど回復していた。
体力の方も粗方回復しているが、それは日常行動に支障をきたさない程度のものだ。
今の状態では戦闘行動は不可能とは言わないが、かなり制限を受けることになるだろう。

「うん、わかった。それじゃあ取り敢えずは夕方からだね」

「承知した」

話し合いを終え、なのはは学校へ行く準備をする。
そこでふと、思いついたように言った。

「そういえば衛宮君は念話使えるの?使えるなら学校行ってる間も色々お話聞きたいんだけど」

「念話?」

「はい、俗に言うテレパシーとかと似たようなものです。相手のことを思い浮かべるだけで、離れていても会話ができるんですよ」

「・・・生憎だが、私にはそのような器用なことはできんな」

「器用?けっこう簡単だよ?」

部屋に一瞬の沈黙が下りる。
ただでさえ仏頂面のような顔をしている士郎が、余計に顔を顰めてしまった。

「・・・君達の基準で言わないでくれないか?私は才能といったものには無縁なのだ。それに、魔法に関して私は初心者なのでな・・・」

「それじゃあレイジングハートが直ったら、少し練習してみましょうか?そうすれば直ぐにデバイスなしで使えるようになりますよ」

「・・・そうか。ではそうさせてもらおう」

一応の方針が決定し、なのはは学校へ。士郎とユーノはお留守番をしつつ回復と念話の練習に集中することとなった。



interlude

同時刻 次元空間内

青や紫、それに黒などがオーロラのように混ざり揺らめく空間、次元空間。
その亜空間の中を、SF映画にでも出てくるような白い戦艦が進んでいた。
戦艦の名は『アースラ』。時空管理局の次元航行艦である。
そのアースラのブリッジには、今4人の人間がいた。
2人はおそらくアースラの管制官だろう。
1人は戦闘服のようなものを着て管制官の1人と話をしている。もう1人は艦長席に近づく、緑色の艶やかな髪をポニーテールにした女性であった。

「皆、どーお?今回の旅は順調?」

「はい。現在第三戦速にて航行中です。目標次元には、今からおよそ160へクサ後に到着の予定です」

「前回の小規模次元震以来、特に目立った動きは無いようですが、二組の捜索者が再度衝突する危険性は非常に高いですね」

2人の報告を聞きながら、この次元航行艦アースラの艦長――リンディ・ハラオウンは艦長席に腰を下した。

「そう」

「失礼します。リンディ艦長」

リンディが席に座ったのを見計らって、茶髪を短くカットした女性――エイミィ・リミエッタが紅茶を入れたカップを持ってきた。
それを艦長席に座ったリンディの前に置く。
・・・お世辞にも置き方が丁寧だとはいえないが・・・。

「ん。ありがとね、エイミィ」

リンディは満足そうに礼を言うと、エイミィが運んできた紅茶を一口含みながら言う。

「そうね。小規模とはいえ、次元震の発生はちょっと厄介だものね。・・・それに報告では、現場で極々小さいものではあるけどワームホールも確認したということだし・・・危なくなったら急いで現場に向かってもらわないと。ね、クロノ」

リンディはブリッジにいる黒い戦闘服を着た少年、時空管理局の執務官であり、彼女の実の息子――クロノ・ハラオウンに話を振った。
クロノはリンディの方を振り返りながら、それに応える。

「大丈夫、分かってますよ艦長」

クロノは金色のカードのようなものを取り出しながら言った。

「僕はその為にいるんですから」

その顔には笑みが浮かび、自信に満ち溢れていた。

interlude out



夕方の海鳴市。
聖祥大付属小学校の送迎バスが、夕日で赤く染まった町中で止まる。
学校からバスで帰ってきたなのははバスを見送り、おずおずと歩き出す。
そのなのはの進行方向の電柱の影に、黒い服に身を包んだ士郎が立っていた。その肩には、レイジングハートを首から下げたユーノが乗っている。

「なのは」

ユーノが士郎の肩からなのはの肩に移り、レイジングハートを渡す。
それを手に乗せてなのはは安心したように言った。

「レイジングハート直ったんだね。よかった」

『Condition Green.』

「また、一緒にがんばってくれる?」

『All right. My master.』

なのはの言葉に答えるようにレイジングハートが返す。
それを聞いてなのはがレイジングハートを大事そうに胸に引き寄せた。

「ありがとう・・・」

なのはは今度は視線を上げ、目の前に立つ士郎を見る。

「衛宮君も、治ってよかった」

「ああ、お蔭様でな。まだ本調子とは言いがたいが、魔力も体力もほぼ回復した。問題ない」

士郎はそう言って、相変わらずの憮然とした表情で言った。
なのははそんなことを気にした風でもなく、士郎に話しかける。

「ねえ、魔力が戻ったってことは、昨日言ってた衛宮君の魔法、見せてくれるの?」

「ああ。だが、ここで直にというわけにはいかんな。どうせまた戦うことになるのだろう?その時にでもご披露しよう」

そう言って士郎は口を吊り上げ、人の悪い笑みを浮かべる。
なのはは士郎の言い分に不満そうに頬っぺたを膨らませてブーブー言っている。
その姿は、どこか仲の良い兄弟といった感じだった。
その後、3人は揃ってジュエルシードの探索を開始した。
その道中いろいろな話をした。
今日の朝の一件、念話の話などだ。
あれから士郎はユーノに付っきりで念話を教えてもらっていた。最初は士郎の予想通り、なかなか上手くいかず、かなり苦労したようだ。
昼過ぎにはある程度レイジングハートが回復しており、レイジングハートの力を借りて念話の訓練を続行した。そのおかげで、驚くほど才能が無かった士郎にでも、ある程度念話が使えるようになっていた。
もっとも、まだなのはやユーノのように長距離の会話はできず、距離が離れると受信しかできなくなる。ユーノからはまだまだ訓練の余地があるといわれた。
士郎としては、才能が無いといいつつも、魔術にあれだけ才能が無かったのだからひょっとしたら魔法なら、という僅かな希望を抱いていたのだが、それが木っ端微塵に打ち砕かれた。
彼はとことん「へっぽこ」であるようだ。
他には士郎の名前の呼び方などの話しも出た。士郎はなのはとユーノを名前で呼んでいるのに、士郎だけ名字というのはダメだとなのはが言い始めたからだ。
その話の結果、士郎はユーノには呼び捨てで、なのはには「士郎君」と呼ばれることになった。
加えて、当初こそ士郎から滲み出す貫禄の所為で敬語で話していたユーノだったが、このときから敬語が取れ、タメ口になっていた。
そうして話をしながらジュエルシードの捜索を行っていた3人だったが、臨海公園の方向からジュエルシードの魔力を感じたため、即座に臨海公園へと急行した。



士郎達が到着した時には、すでにジュエルシードを取り込んだ木が巨大化し、意思を持って動き始めているところだった。
即座にユーノが結界を張る。

「封時結界、展開!」

ユーノの結界で外の世界と隔絶される空間。
しかし、その結界を見た士郎の感想は「雑すぎる」の一言だった。
今では凜やルヴィア、果ては大師父からの仕込みなどもあって、士郎はそれなりに魔術を使えるようになっていた。その士郎から見てみれば、ユーノの張った結界は規模が大きく、周辺の空間から瞬時に隔絶されることは見事だが、『秘匿』という面からいうと最悪のものだった。
確かに一般人にはそれとは判別できないだろうが、魔術師や魔導師、それにたとえ民間人でも少し強めの魔力を持つものならば察知できてしまうものだった。
士郎の世界の常識ではあり得ないほど酷い。
もっとも、嘗ての士郎が張った結界ほどではなかったが・・・。

(・・・とはいえ、これほどの大規模な結界、俺に張ることは不可能だな)

士郎は結界についての考えをそこで打ち切り、今度は木の化け物と、白いバリアジャケットに身を包んだなのはを見た。その手にはデバイスモードとなったレイジングハートが握られている。

(・・・・・・・・・・・・典型的な『魔法少女』だな。・・・それになんだ?あの木の化け物は。まるで『絵』に描いたようにありきたりだな。・・・・・・凛のあのふざけた魔法少女姿を何度か見て、耐性は付いている筈なのだが・・・・・・頭痛がしてくる・・・・・・)

士郎は頭痛のする頭に手をやって、数回頭を振りながら現実逃避をしてみたが、目の前の光景は変わらなかった。
その時、金色の光の矢のようなものが飛来し、木へと襲い掛かる。
木はそれを障壁のようなもので防いだ。
士郎は光の飛来した方角を振り返る。
そこには黒い死神のような格好をした、金髪をツインテールで纏めた少女とオレンジ色の獣がいた。

(・・・・・・あれがなのはの言っていたフェイト・テスタロッサと使い魔のアルフか。この世界の使い魔は人型になれ、話すことができると聞いたが・・・。それにあの少女の持つデバイスと呼ばれるもの。なのはのレイジングハートとはかなり形状が異なるな。レイジングハートと同様に機械的ではあるが。やはり科学、技術を重要視しているということか)

士郎はフェイトとアルフの会話を聞くために、そしてこの世界で魔術が使えるかどうかの確認も含めて試しに聴力を強化してみた。

「うっお〜、生意気にバリアまで張るのかい」

「うん。今までのより強いね。それに・・・あの子もいる。・・・それと昨日の『孔』から出てきた子も・・・」

すると問題なく二人の声を聞き取れた。
どうやらこの世界でも魔術は有効であるようだった。
それに気のせいかもしれないが、強化の魔術が効き過ぎているように士郎には感じられた。
周りの草が擦れ合う音や、木の化け物が暴れる音がやけにうるさく感じたのだ。

(・・・俺以外の魔術師がいないために、神秘の独占という点で魔術の効果が上昇しているのか?・・・この戦闘で少し確認してみるか・・・)

士郎は木へと視線を戻す。
ちょうどその時、木が自分の異常に太い根が地面を割って飛び出してきたところだった。
それを危険と判断したのか、なのはがユーノと士郎に避難を促す。

「ユーノ君、士郎君!逃げて!」

それを聞いてユーノが草むらへと走り込み、退避する。
士郎も様子を見るために一旦距離をとった。
木の根はさらに大地を割り、その姿を現す。そして、それをそのままなのはに叩きつけようとする。

『Flier fin』

レイジングハートがなのはのブーツに桜色の羽を生やし、空へと押し上げる。
そして木の根が先ほどまでなのはがいたところに叩きつけられ、地面を抉り粉塵が立ち上る。

「飛んでレイジングハート!もっと高く!」

『All right.』

なのはの意思に答え、レイジングハートが桜色の羽を巨大化させて、更に高い位置へと舞い上がらせる。
士郎はその姿を見て、またまた呆れ返っていた。
「魔法少女は空を飛ぶもの」と凜がゼルレッチの宝箱内に封印していた、彼の馬鹿ステッキは言っていた。だが、よもやそれを目の前で目撃するとは思わなかった。
士郎が人が空を飛ぶのを見たことがあるとすれば、聖杯戦争で自分とアーチャーを追い詰めたキャスターくらいのものだった。
なのははそのまま戦闘体勢に移行する。
レイジングハートをデバイスモードからシューティングモードへ移行し、狙いをつける。
その頃、フェイトも戦闘体勢に入っていた。

「アークセイバー。いくよ、バルディッシュ!」

『Arc Saber』

バルディッシュの先端に鎌上の黄色く発行する刃が形成される。
フェイトはそのまま大きく踏み込み、刃を飛ばす。放たれた刃は木の根を切り裂き、本体へと迫る。だが、刃が本体に直撃すると思われた直前にバリアで防がれる。
今度はなのはが上空からディバインバスターを放つが、これもバリアで防がれてしまう。
先ほどの攻撃を防がれたフェイトは、なのはの砲撃にあわせるようにしてサンダースマッシャーを放つがこれも防がれる。
木の化け物が苦しそうに蠢いているのでそれなりに効いてはいるのだろうが、依然としてバリアが破れる様子はない。

「そんな・・・」

「くっ・・・硬い・・・」

二人は砲撃を放ち続けているが、木のバリアは更にその上を行く。

(・・・・・・そろそろ加勢するか・・・・・・)

状況を不利と判断した士郎は、全身に強化の魔術をかけ、両手に黒鍵をそれぞれ3本ずつ投影する。
投影は問題なく成功した。むしろ投影時にかかる魔力消費量は若干であるが減少し、速度は向上している。
投影した黒鍵の右手の方には結界破壊の効果を付与し、左手に持った方には火の属性(火葬式典)の効果を付与してある。
そして右手に持った結界破壊を付与した黒鍵を、埋葬機関第七位「弓のシエル」直伝の鉄甲作用と呼ばれる投擲法で、大木の上方を搗ち上げるように投げ放つ。

「ぐっ?!」

だが、そこで士郎が感じたのは全身に、特に腕に奔った激痛。
その激痛に顔を顰めつつ、士郎は自身の攻撃の結果を見届ける。
放たれた黒鍵は、本当に人間の手で投擲されたのかと疑いたくなる速度で、木の張るバリアへと吸い込まれていった。
直後、大気を揺るがす轟音と共に巨大な木の化け物が軽く仰け反り、バリアが粉々に破壊される。

「「「「なっ!??」」」」

その驚きは士郎以外のここにいる全員のもの。
なのは達にしてみれば、砲撃でも貫けないバリアが、まさかあのような奇妙な形をした剣に破壊されたばかりか、投擲されただけのはずの剣が木を仰け反らせるような威力を持っているなどと思いも寄らなかったのだ。
士郎としても少々驚きがあった。
子供の身体になってしまった所為で筋力と反応速度が低下している。加えて自分の認識と身体のリーチなどに違和感があり、その所為で本来(大人の時に)は出せるはずの威力を出し切れなかった・・・はずだった。
しかし、予想に反して強化の魔術が強く作用し、タイミングや黒鍵の進入角度がぴったり合っていたことを考えても、思っていたよりも大きな威力が出た。
そこで士郎は思い至る。
先程の激痛は、強化の魔術が過剰に作用したその反動だったのだと。
今のどのように魔術の効果が上昇しているか分からない段階で下手に強化を使用しすぎると、後にくる反動が気になる。下手をすれば、2度と身体が使い物にならくなるかもしれないのだ。そのため、士郎は今後肉体強化を使用する際は、様子を見ながら使用することにした。
士郎は強化の魔術を若干絞り、強化された筋力を調整したうえで、なのは達の動揺を他所に左手の黒鍵を放つ。

「火葬式典!」

今度はバリアの障害を受けずに本体へと突き刺さった黒鍵から、まるで爆発するように物凄い炎が噴出し、木を炎で包み込んでしまう。
木は熱と体を焼く火そのものから逃れようともがき苦しむ。
やがてその強烈な炎の中で木は動きを止め唯の灰と化し、炎が消えると空中にはジュエルシードのみが残された。
5人はその光景を呆然と見ていた。
黒鍵を放った士郎もだ。
火葬式典の効果はよく知っているが、自分が放つ火葬式典の威力は、間違っても短時間で大木を灰に変えてしまうような火力はなかったはずなのだ。
先程の強化の魔術の件で、ある程度は威力は上がるだろうと予想していたが、その予想を遙に上回る威力だった。
もし、今の攻撃で火葬式典ではなく、橙子直伝の(アンサス)のルーンを使っていれば、それこそ大事になっていたかもしれない。
「今後魔術を使う時は本当に、ほんと〜に気を付けよう」と思う士郎だった。
士郎は魔術に関する思考を一旦打ち切り、取り敢えず驚きで動いていない4人に声をかける。

「何を呆けている!さっさと封印したまえ」

なのは達はその士郎の声で我に帰り、なのはとフェイトの両名がそれぞれのデバイスを封印形態へ移行し、封印を開始する。
眩い光の後、一応の封印を施されたジュエルシードが空中で静止している。
だが、なのはとフェイトはそれを放ったまま、互いにデバイスを構え睨み合っている。

「ジュエルシードには、衝撃を与えたらいけないみたいだ」

「うん・・・夕べみたいな事になったら、私のレイジングハートもフェイトちゃんのバルディッシュも、可哀想だもんね・・・」

「・・・・・・だけど、譲れないから」

そう言うとフェイトはバルディッシュをデバイスフォームへと戻し、なのはに向かって構え直す。
どうやらまたここでやり合うようだ。

「私はフェイトちゃんと話しをしたいだけなんだけど・・・」

それを見てなのはは少し悲しそうにしながら、こちらもデバイスモードへと戻す。
だが、意を決したようにフェイトに対して訊ねる。

「私が勝ったら、ただの甘ったれた子じゃないって分かってもらえたら・・・お話、聞いてくれる?」

その言葉にフェイトは軽く頷き返す。
そしてこの2人のやり取りに注目しているユーノとアルフを差し置いて、士郎がジュエルシードに近づき、触れることはせずに目で見ることで解析をかける。

(・・・ある種の高魔力エネルギー結晶体か。本来は何らかの動力機関やエネルギー供給機関として使用されるもののようだな。確かに願望器としての機能もあるようだが・・・これは後付か?まともな願いの叶え方をしないと聞いたが、先ほどの木が変貌したのもその所為か。・・・・・・それにしても何だ?この嫌な感覚は?まるで空間の歪みを助長しているようだ・・・・・・)

士郎が見るだけで詳細に解析できるのは剣などの武器やそれを防ぐ防具などに限られている。
だからこの宝石を詳しく調べることはできない。
だが、おおよその構造や能力ぐらいは調べられるのだ。

(・・・・・・この宝石・・・これと同じ感覚をどこかで・・・・・・)

士郎はジュエルシードの放つ魔力と、それが作り出す空間の歪みに覚えがあった。
かなり前と、つい最近のことだ。

(・・・っ!?そうか!この感覚、どこかで覚えがあるかと思えば。12年前の聖杯戦争と今回の件で開いた『孔』に感じた不快感と同様のものだ!・・・・・・だとすれば、これは想像以上に危険で厄介な代物だぞ・・・!!)

士郎は視線をジュエルシードからなのはとフェイトに戻す。
もし、士郎の予測が正しければ、これはあんな10歳前後の子供が関わっていいようなものではない。
どうやって彼女達に手を引かせるべきか考えながら、士郎は今まさに始まろうとしている2人の戦いを見ていた。
だが、2人のデバイスが衝突しようとした瞬間、突如として2人の間に魔方陣が展開され、そこから黒い戦闘服に身を包んだ1人の少年が飛び出し、なのはのデバイスを左手で、フェイトのデバイスを右手に持ったデバイスで受け止めた。

「ストップだ!!」

突然現れた少年はなのはとフェイトに戦闘の停止を命じる。

「ここでの戦闘は危険すぎる!時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」

それを聞いた士郎は、内心自分の運の悪さに呆れていた。

(・・・やれやれ、今一番関わりたくないものに早速に出会ってしまったか・・・・・・ここまで運が悪いと、ある種の呪いだな)



interlude

次元空間内 アースラのブリッジ

アースラのブリッジの大きなモニターには、先ほどから始まっているなのはとフェイトの木の化け物との戦闘が映っていた。
2人の管制官から、リンディとクロノに報告が上がる。

「現地では既に2者による戦闘が開始されている模様です」

「中心となっているロストロギアのクラスはAA+。動作不安定ですが、無差別攻撃の特性を見せています」

その報告を聞いたリンディは艦長席から立ち上がり、クロノに指示を出す。

「次元干渉型のロストロギア・・・回収を急がないといけないわね。クロノ、出られる?」

「転移座標の特定はできてます。命令があればいつでも行けますよ」

「それではクロノ執務官、現地での戦闘行動の停止とロストロギアの回収、両名からの事情聴取を行ってください」

「了解しました、艦長」

任務を拝命したクロノは、艦長席の後ろにある転送ポートへと向かう。
それをリンディは艦長としてではなく、母親として見送る。
間延びのしたのんびりとした声をかけながら、手に持ったハンカチをひらひらさせながら。

「気をつけてね〜」

「はい・・・行ってきます」

それをクロノは困ったような顔で行ってきます、といいながら内心恥ずかしさを通り越して呆れたような感じで答えた。
母親の性格と態度に小さな溜息を吐いてから、クロノは意識を強引に戦闘モードへと切り替え、現場へと転移した。
映像に映っていた2人の少女の戦闘を停止させるために・・・。

interlude out



突如として現れたクロノに、フェイトもなのはも驚きと戸惑いから動きを止めていた。
それを確認したクロノは止めた2人のデバイスを離し、徐々に高度を落としながら2人に武器を収めるように指示した。

「まずは2人ともデバイスを収めるんだ」

クロノに合わせてなのはとフェイトも高度を下げ、地上へと足を下す。

「これ以上戦闘を続けるなら然るべき処置を・・・っ!」

2人と同じように地上に着地したクロノは、再度そこにいる全員に戦闘行動の停止を促そうとした。
だが、その言葉をアルフがクロノに魔力弾を3発同時に打ち込むことで遮った。
クロノは咄嗟に魔方陣の形をしたシールドを、魔力弾の入射角に対して浅くなるように自らの前面に展開した。
魔力弾はそのままシールドに突っ込むが、難なくシールドに弾かれ、逸らされてしまった。
だが、アルフはそれを気にした風もなく、フェイトに退くように言いながら次弾を展開する。

「フェイト!撤退するよっ、離れて!」

フェイトはそれに躊躇いを見せたが、アルフの次の魔力弾による攻撃に合わせて上空へと離脱する。
直後、アルフの放った魔力弾がクロノの足元に着弾し、派手に土煙を上げる。
クロノとなのはは低空で滑るようにして飛ぶことで魔力弾を回避したが、目の前が土煙で覆われてしまう。
その隙にフェイトは空中に静止したままのジュエルシードに手を伸ばす。
だがそれを感じ取ったのか、クロノが土煙の向こうにいるであろうフェイトに向かって容赦なく複数の魔力弾を発射した。

「フェイト!」

「フェイトちゃん!!」

その攻撃を見たアルフとなのははフェイトに警告を発するが、フェイトが迫り来る魔力弾を視認したときには、既に回避も防御も不可能な状態だった。

(やられる・・・っ!)

そう思ったフェイトだったが、クロノの放った魔力弾は目前で「何か」によって全て打ち落とされた。

「・・・え?」

「何!」

驚きはフェイトとクロノのもの。
クロノは横から魔力弾を貫いた「何か」の発射元を素早く確認する。
そこに立つ黒鍵を片手に持った士郎を見とめ、自分の魔力弾を打ち落としたであろう士郎に視線を向けて怒鳴りつける。

「貴様っ、どういうつもりだ!」

「どうもこうもあるまい。あのような幼い少女に無警告で攻撃するなど、正気かね?」

自分を怒鳴りつけたクロノに物怖じすることなく、士郎は呆れたように言い放つ。
その態度が癇に障ったのだろう。クロノが先ほど以上の怒声で言う。

「先ほど戦闘を停止しろと警告したはずだ!」

「1度の警告に従わないからと言っていきなり武力行使かね?やれやれ。本来なら再度警告するなり、威嚇射撃を行うべきだろうに・・・。時空管理局というものの程度が知れるな」

「なっ、なんだと!!」

クロノは先ほど以上に激昂している。
そんなクロノの怒りなどどこ吹く風で、士郎の態度は変わりない。
その士郎がふと気付いたように上空へ1本の黒鍵を投げ上げる。
それは、士郎とクロノが言い争っている隙にジュエルシードを回収しようとしたフェイトとジュエルシードの丁度中間の空間だった。
そのときのフェイトと黒鍵の軌道との距離は絶対に当たらず、しかしその一投をその間近で見たものは一瞬の恐怖から、反射的に停止を余儀なくされる絶妙な距離だった。
突然のことにフェイトもクロノも驚く。

「ここは引きたまえ、黒き魔導師よ。今ここで時空管理局に拘束されるというリスクを冒すか、それとも無事に逃れて次へと繋げるか。君はそこの執務官君よりは賢そうだから、分かるだろう?」

「なんだとっ!」

最後の一言にクロノが敏感に反応する。
だが士郎はクロノを無視してフェイトに目をやった。
その時、士郎とフェイトの目が合った。
そして士郎は見た。その少女の瞳に映し出された悲しみを。
いや、悲しみという言葉では足りない。強いて言えば悲しみよりも絶望に近い光を宿した瞳。
それはあの歳の少女にしては不釣合いな目だった。
士郎のように年齢が後退したなら分かるが、彼女の言動やなのはからの話を聞いた限りではその可能性は低い。
ではなぜそのような目をしているのか、士郎は気になった。
そして同時に思ったのだ。この少女を放っておいてはいけない、と。
フェイトの方は士郎を見て一瞬迷ったようだったが、ここで争うことを不利と判断したのだろう。ジュエルシードを諦め、使い魔であるアルフと共にその場を離脱しようとする。
それをさせまいとクロノがデバイスを構えるが、フェイトとデバイスを結ぶ射線上に今度はなのはが割って入る。

「ダメ!!」

「何?」

「お願いっ、撃たないで!」

驚き躊躇するクロノ。
その隙にフェイト達は多重転移を使って逃走した。
フェイトがその場から逃げた後、なのははフェイト達がいなくなった方向を不安げに見ていた。
その間にジュエルシードを回収するクロノ。
士郎は不安そうにフェイト達がいなくなった方向を見続けているなのはを暫く見ていたが、なのはと同じ方向をチラッと見た後、執務官と話すべくそちらへと足を向けた。



あとがき
何とか年内に更新できました。
今回の話と次の第3話は難産でした・・・。
改めて自分の文章力と想像のなさに打ちひしがれてます。
もっといい作品作れるようにがんばらないとな〜

2010.07.31
若干修正


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