魔法少女リリカルなのはFate 〜赤き錬鉄の魔術使い〜

1章4節 運命という名の少女 (前編



4月28日 アースラ艦内の会議室

「と、いうわけで。本日0時をもって、本艦の任務はロストロギア『ジュエルシード』の捜索と回収に変更となりました」

床全面から光が放たれているものの、若干薄暗い会議室に時空管理局次元航行艦アースラの主要メンバーが終結していた。
終結したメンバーにリンディが今回の任務の変更と今後の方針について伝達を行っていた。
そして、アースラスタッフに混じって士郎、なのは、ユーノの3人の姿もそこにあった。
ユーノは緊張からかガチガチに固まっており、なのはも真剣な表情で席に座っているがユーノと似たり寄ったりだった。それに対して士郎は目を瞑って腕を組み、非常にリラックスしていた。
その3人をリンディが他のスタッフに紹介する。

「また本件においては、特例として、問題のロストロギアの発見者であり結界魔導師でもあるこちら・・・」

リンディに視線を向けられたユーノはバッと立ち上がって足を揃え、手も指先までピンと伸ばして直立不動の姿勢で自己紹介をする。
見てハッキリ分かる通り、ガチガチに緊張していた。

「はい!ユーノ・スクライアです!」

「そして彼の協力者でもある現地の魔導師さん・・・」

「た、高町なのはです!」

名前を呼ばれて立ち上がったなのはだが、こちらもユーノと似たようなものだ。
ただ、ユーノよりは硬くなっていないようだった。

「・・・そして、ジュエルシードが原因と思われる事故に巻き込まれた次元漂流者で、今回、ユーノさんとなのはさんと共に協力してくれることになった・・・」

「衛宮士郎だ」

士郎は2人と違って立ち上がることもせずに素っ気無く答えただけだった。

「以上3名が臨時局員の扱いで事態の解決に当たってくれます」

「「宜しくお願いします」」「宜しく頼む」

締めとして3人が挨拶をしたのだが、やはりここでもなのはとユーノがお辞儀したにもかかわらず、士郎は先ほどから変わらぬ姿勢で言っただけだった。
その失礼としか取れないような態度でいる士郎に、リンディや他のスタッフはともかく、クロノは非常に不機嫌に士郎を睨みつけていた。
任務変更の通達と3人の紹介を終えて会議室を後にするスタッフ達。
そこでなのはとユーノに続いて会議室の外へ出ようとしたクロノとリンディを士郎が呼び止める。

「ハラオウン艦長、クロノ。少し構わないか? 話がある」

「あら、何かしら」

「・・・碌でもない話じゃないだろうな?」

リンディはなんでもない風にしているが、クロノは士郎に対して警戒心・・・というよりも嫌悪していると言ってもいいような態度だ。
士郎はそんなクロノの視線をなんでもないように話を続ける。

「なに、少し提案したいことがあるだけだ」

「提案?」

「ああ・・・・・・あのフェイトという少女のことなのだが・・・・・・」

実は士郎は、紹介されたときも会議中も、それどころか昨日の夜からずっと『ある事柄』について考えていたのだ。
会議中、ほぼ無言だったことや挨拶のときに失礼と取れるような対応だったのも、それが理由だった。
そして、会議中ずっと『あること』のことを考えて、士郎が出した結論は・・・。

「あのもう一方の捜索者の女の子ね・・・・・・それがどうかしたのかしら?」

「彼女の捜索を私に任せて欲しい」

「はあ?」「何ですって?」

クロノとリンディが揃って疑問を投げかける。
なぜ士郎に捜索を任せる必要があるのかと。
士郎の主な目的は、なのはとユーノの安全確保とジュエルシードの回収補助であり、フェイトの捜索は当初の士郎の目的とは異なるのだから2人の疑問はもっともだ。
しかし、士郎も気まぐれでこのようなことを申し出ているわけではない。

「少々、彼女のバックが気になる。彼女を捜索・発見し、可能ならば情報を引き出したい。そうすれば今後の対策も取り易くなるはずだ。つまり、潜入捜査の許可が欲しい、ということだ」

「な・・・き、君は何を言「詳しい話を聞きましょう」っ!か、艦長!?」

「流石はハラオウン艦長。話が早くて助かる」

クロノは士郎の申し出を却下しようとしたが、リンディは取り敢えず士郎の意見を聞いてみることにした。
士郎はそんなリンディに感謝しつつ、なぜフェイトの捜索をする必要があるのか説明する。

「如何に君達の世界の魔導師の就業年齢が低くとも、あの少女の年齢ならば親がいるはずだ。・・・・・・少なくとも保護者に相当する人物がいるはずだろう?」

「・・・それが彼女のバックにいる、と?」

「ああ。あの少女はなのはと違って魔法の訓練を受けているのだろう。それはユーノやなのはからの証言でも明らかだ。加えて、彼女はデバイスを所有している。だとすれば、それなりの魔法の経験がある者が魔法を教え、そしてデバイスを与えたと言うことになる。そのような魔法経験者がジュエルシードの危険性に気が付いていないわけがあるまい。だとすれば、その危険性を把握した上で事に及んでいる可能性がある」

ユーノやなのはの証言。そしてクロノ達が記録した戦闘時の映像の分析結果からも、フェイトが高度な魔法の訓練を受けているであろうことが予想されている。
そのことはクロノやリンディも分かっている。
訓練を受けていたということは、少なくともその訓練を施した者が居る。
そして、その誰かはフェイトの年齢から考えても、つい最近まで側に居たことは間違いない。
加えて、フェイトのような少女が一人で生きていけるほど世の中は優しくできていない。今でもその誰かが側に居る可能性が高いと考えるのは自然だろう。

「他者に魔法を教えられるほどの実力と知識を持っている人間が、ジュエルシードに限らずロストロギアと呼ばれる物の危険性を知らないはずがない。そのような危険物を管理局から逃げ回ってまで回収したいというのは、やましい部分があるからだ。そうなると、万が一ジュエルシードがその誰かの手に渡ってしまえば、碌なことにならないのは明白だ」

「そうね。・・・・・・けれど、あの子が自主的に集めているのだとしたら、その限りではないんじゃないかしら」

「確かに。しかし、彼女は元々この世界の人間ではないのだろう? だとすれば、この世界で暮らせるように滞在先を用意した人物がいるはずだ。そして生活するには金が掛かる。それらの生活環境を手配したのは誰だ? 少なくとも彼女には無理だろう。こちらの世界では、社会常識から言って子供1人でホテルに宿泊したり、マンションなどを借りることは不可能だろう。いずれにしても、保護者がどうしているかの問題が残る。・・・いくら魔法が使えて使い魔もいるからといって、異世界に少女一人を放り込んでおいて放置、というのは考えにくいだろう」

「なるほどね・・・・・・その人物が彼女にジュエルシードを集めるように強要していると?」

「でなければ彼女の行動に説明がつくまい。ジュエルシードの真の危険性を知らず、集めたジュエルシードを使用する気配もなければその心算もなさそうだ。しかし集めることには必死・・・・・・それで何もない、背後に誰も居ないと考えるのはさすがに無理があるだろう」

「そうね、あなたの言う通りだわ。けれど・・・・・・」

「何かね?」

リンディは少し士郎の言い分に違和感を覚えた。
正確には士郎の態度というか気配に、なんとなくそう感じた。
そしてよくよく考えてみると、その違和感の正体がハッキリとした。
それは彼がまるで「自分がそう動くことを正当化しようとしている」ようだったからだ。
確かに士郎の言い分は正しい。
しかし、なにも「士郎でなければいけない理由がない」のだから。

「・・・・・・本当の理由を教えて貰えないかしら?それならあたなが態々動く必要はないんじゃないかしら? 広域捜索では、あなた一人でやるよりもこちらで捜索・調査した方が効率も良いと思うけれど?」

「・・・・・・やはり誤魔化しきれんか。・・・・・・正直言って彼女のことが気になる。彼女の目は・・・悲しみで満たされていた。絶望に陥る一歩手前といったところだろう。あのような目をした者を、私は大勢見てきた。何が彼女をそこまで追い詰めたのか・・・・・・可能ならば救いたいとは思う」

士郎が気になったのは、なのはと同じくフェイトの目だ。
なのははあれを「とても悲しそうな目」程度にしか見ていないだろうが、士郎はそれを非常に危ういと感じていた。
ああいう絶望一歩手前や絶望に染まった目をした者は、士郎の経験上、悲惨な最期を遂げている。
彼女をそうさせない為に、何が年端も行かなぬ彼女をそこまで追い詰めたのか原因を知りたかった。
そして、その原因を取り除いてあげたかったのだ。

「・・・・・・それに」

「・・・それに?」

「なのはが彼女のことを心配している。なのはには、借りがある」

そう言いながら士郎はニッと笑ってみせる。
リンディは士郎の意見や理由を吟味する。
士郎の目は真剣そのものであり、少女を救いたいと思っていることも、なのはに恩を返したいというのも本当であることが読み取れる。
それに、リンディには士郎は今までいくつもの事件を解決してきたクロノよりも落ち着いており、歳に似合わぬ貫禄を感じさせ、油断のならない少年だということが分かっていても何故か安心して事を任せられるような気がしたのだ。
その理由は分からない。ただ、彼は裏切らない、彼は信頼できる、とリンディの勘が告げていた。
その勘を信じて士郎に任せてみることにした。

「・・・・・・わかりました、許可しましょう。こちらでも情報を集めておきます」

「艦長!!」

「助かる」

クロノはリンディに抗議の声をかけるが、士郎にもリンディにも無視される形となった。

「ただし、条件があります。これはあなたが申し出てきたことであり、潜入捜査において問題が起きても当方は一切関知しません。・・・・・・構いませんね?」

「当然だな。いいだろう。その代わり、私がいない間なのは達を頼む」

士郎の"頼む"という言葉に重い響きを感じたリンディは頷いた。

「わかりました。クロノも、いいわね?」

「・・・・・・はあぁ〜、わかりました。艦長の決定事項なら異議はありません。抗議したとしても無駄でしょう・・・。それより、君はいいのか?衛宮。僕達のことは信用ならないんじゃなかったのか?」

「確かに、最初はな。だが、僅か一晩の短い間ではあるが、君達と一緒にいて悪い人間ではないことは察せられる。いくらかの打算が働いているにしても、だ。それぐらいの人を見る目は養っているつもりだよ」

そう言って士郎はリンディとクロノに背を向けて会議室を出ようとして、ふと思い出したように言った。

「ああ、そうだ。通信機を貸して貰えるかね? 万が一の時や情報を入手したらそれで連絡する・・・・・・私はまだ上手く念話というものを使えないのでな・・・・・・」

こうして士郎によるフェイト捜索と潜入捜査の許可が下りたのだった。
もちろん士郎に任せるだけではなく、ジュエルシードの位置特定と平行してエイミィがフェイトに関する情報収集と捜索を行うのだが。
その後、士郎はなのはとユーノにこのことを伝えて艦を捜索の為、一旦アースラを離れた。
アースラを出る前、転送ポート前でなのはは士郎に言った。

『――フェイトちゃんをお願い・・・』

そこにはどんな想いが込められていたのだろうか。
それを考えると士郎は「あんな風に女の子にお願いされたら、断れないよな」、と思いながら、転送された臨海公園からフェイトの捜索を開始した。



interlude

同時刻
遠見市 住宅街 高層マンション

遠見市のとある高層マンションの屋上で、フェイトとアルフはジュエルシードの捜索に出向こうとしていた。

「フェイト・・・・・・本当に続けるのかい?」

「・・・・・・うん」

「・・・・・・」

アルフは複雑な心境だった。
本当なら今すぐにでもフェイトを連れて管理局からも、そして何よりあの”フェイトの母親を名乗る女”から逃げたかった。
しかし、フェイトはそれを望んでいない。
昨夜も必死に説得したが、彼女は聞き入れてくれなかった。
彼女は信じているのだ。この一件が片付けば、あの女が昔のように笑いかけてくれるのだと。優しく、慈愛に満ちたお母さんに戻ってくれるのだと。
ただただ、信じ続けている。
だがアルフにはそうは思えなかった。
あの女、プレシア・テスタロッサはフェイトのことを一度も褒めたことがない。笑顔を向けたこともない。優しくしたこともない。食事すらも一緒に摂ったことがない。
魔法の教育も全て使い魔だったリニスに任せっきりだった。
そもそも、プレシアがフェイトに向ける目は母親のそれではない。
まるで許せない、汚らわしいものを見るような、仇を見るような、憎しみを秘めたとても冷たい目で見るのだ。

――それにフェイトは気付いていない。・・・・・・いや、気付かない振りをしている。

アルフにはそのフェイトの姿がとても痛ましく見えた。
それでも、アルフにはフェイトの望みを断ち切ってまで目的を実行することなど出来ない。
フェイトの絶望するところを見たくないから。
しかし、その代わりにフェイトの泣くのを堪えた表情を、悲しく寂しい姿をずっと見続けなければならない。
だから、昨夜誓ったのだ。
この少女を、脆くいつ壊れてしまうか分からない自分の主たる彼女を、必ず誰からも守り抜いて見せるのだと。
しかし、本音を言えば・・・。
そんな堂々巡り。答えの出ない迷路。

(――今あたしがすることは、フェイトを守ることだ。・・・・・・それ以外は今は考えないようにしよう)

アルフは数回軽く頭を横に振り、同じことを繰り返し考えてしまう思考を振り払う。
アルフが自分の思考に漸く区切りをつけたところで、フェイトが言った。

「・・・・・・行こう」

「・・・・・・うん」

フェイトが飛行魔法を使って屋上から飛び立つ。
アルフもそれに続いて空中へとその身を躍らせた。

interlude out



4月30日 遠見市近郊

士郎はエイミィの海鳴市全域の探査網にフェイトたちが引っ掛かっていないことから、海鳴市内にはいないと推測していた。
そして現在は海鳴市周辺の街、特に海鳴市に隣接する中で一番大きな遠見市を中心に捜索していた。
木を隠すには森の中、だ。
士郎の経験則から、犯罪者、家出人などなど、その大半が大きな街を潜伏先に選んでいる。
幾つか例外はあるが、大抵の人間は人混みに紛れて追跡者の目を誤魔化そうとする。
また、大きな街になればなるほど人と人の繋がりは薄くなるので、田舎よりも断然隠れやすい。
フェイトたちにも同じことが言える。
フェイトたち魔導師は、士郎の世界の魔術師と同じように常に微弱ながらも魔力を残しながら移動・生活している。
その魔力の痕跡は人が多ければ多いほど薄れて、もし一般人の中に微弱でも魔力を持つ者がいればその魔力で上書きされて分かりにくくなってしまう。
広域探索ではその魔力を捜索しているので、人が多ければ隠れやすい、ということだ。

「・・・・・・」

士郎は魔力を探知する能力はほぼ皆無と言っていい。
昔に比べれば魔力探知の力は幾分か付いたものの、通常の魔術師に比べれば中の下といったところだろう。
故に、士郎の捜索方法は、昔ながらの聞き込みと魔力で強化した驚異的な視力による目視捜索である。
捜索を開始してから約1日半ほどを聞き込みに費やしたが、そのおかげでいくつか有力な情報を得ることが出来た。
ハッキリ言って、外国人が比較的多い海鳴市や遠見市でも、フェイトとアルフの姿は目立つ。
なにせとんでもない金髪の美少女が、オレンジ色の体毛で額に宝石のある大型犬(本当は狼だが)を連れているのだ。
これで目立たない方がおかしいだろう。
その目撃情報によって、士郎はフェイト達の潜伏先をある程度絞り込んでいた。
遠見市の北側に位置する、高層マンションやホテルが集中している地域だ。
士郎は聞き込みを継続しながらも、屋上などに移動してその地域を中心に目視捜索を続けていた。

「・・・・・・」

しかし、士郎の『鷹の目』をもってしても、町に溢れる人から特定の人間を捜し当てるのは至難の業だ。

(せめて少しは魔力を使ってくれさえすれば見つけられるのだが・・・・・・・・・・・・!)

士郎がそんなことを考えていたとき、士郎にでもわかるぐらいの巨大な魔力を感知することができた。
それも自分の索敵している範囲を外れた所からだ。
士郎は巨大な魔力の方へと目を向ける。
場所は遠見市市街地からは随分と離れた森の中だ。距離的には現在の士郎がいる場所からは4〜5kmほど離れている。
その時、アースラにいるエイミィから通信が入った。

『士郎君!』

「状況は?」

『今2ヶ所で同時にジュエルシードが発動しちゃってるんだよ! それでなのはちゃんたちはもう一つの方を現在対処中! 士郎君の現在位置から北西へ4.7kmの地点にもう一つ発生源があるから、士郎君はそっちに向かってくれる?』

「ああ、それはこちらでも確認したが・・・もう一ヶ所?」

士郎は神経を研ぎ澄まして魔力反応を探る。
すると距離がかなり離れているために今までは分からなかったが、海鳴市の方角からも僅かに魔力の反応を感知した。本当に米粒ほどの小さい反応だ。エイミィに言われるまで気が付かなかっただろう。
本来ならジュエルシードの膨大な魔力が発生しているのだろうが、距離があることと士郎自身の魔力探知能力が低いのでそうとしか感じられないのだ。
これがもう一つの地点のように、比較的近距離なら話は別なのだろうが。

「・・・了解した。だが、私にはジュエルシードの封印はできないぞ。クロノをこちらへ寄こせないか?」

『ごめん、士郎君。なのはちゃんたちが担当してるジュエルシードの封印に梃子摺ってるみたいで、クロノ君はその応援に出ちゃったの。だからクロノ君たちが到着するまで、無理しないで時間を稼ぐことだけを優先して』

どうやら、なのは達の方は暫く前からそちらの方を対応していたようだ。
しかし、その封印に梃子摺っている上に、タイミング悪くこちらのジュエルシードも発動してしまい手が足りなくなってしまっているのだろう。
封印できない者に「こっちが終わるまで時間を稼げ」とまで言うからには、向こうは手一杯なのだろう。
仕方なく士郎はエイミィの指示通りに動くことにした。
なのは達のことが少し心配ではあったが、あちらはクロノが支援している。問題はないだろう。

「やれやれ、無茶を言ってくれる。だが仕方あるまい、了解した。なのは達の方は任せたぞ。こちらは黒服の少女の捜索を中断して指示された場所に・・・」

士郎がそう言ってジュエルシードの所に向かおうとしたとき、その地点をすっぽり覆うように結界が展開された。
それはもちろん、なのはやクロノ達が張った結界ではない。
となればその結界を張れるのは彼女達しかいない。
そのことに考えが至った士郎は少し溜息を吐いた。

「やれやれ、先を越されたか・・・・・・それに、今までのオレの努力は一体・・・・・・」

そう呟きつつ、士郎は全速力で結界が発動している森へと向かった。


interlude

遠見市郊外

森の中ではアルフが結界を張って支援に徹し、フェイトがジュエルシードの覚醒体と戦闘を行っていた。
フェイトが相手にしているのは銀色の身体をした、巨大な蟷螂だ。
全長はおよそ2mほどもあり、その体はまるで鋼鉄のように硬い。
蟷螂が鋭利な刃物と化したその巨大な鎌状の前肢を振るう度に、フェイトがそれを持ち前の素早さで回避し、目標を外れた前肢は木々を切り倒す。
時折、フェイトがフォトンランサーを打ち込むが、硬い表皮に弾かれてしまう。
どうやら巨大蟷螂の体には、その並外れた強度の身体に加え、魔法的な防御能力が備わっているようだ。
加えて巨大蟷螂のパワーは侮れず、体の魔法効果と鋭利な前肢もあってアルフのバインドも引きちぎられてしまって、あまり効果が見られない。精々が短時間の間、動きを鈍らせるくらいだ。
砲撃魔法を放とうにも相手の動きが見た目に反して素早く、なかなか砲撃体制が取れない。距離をとって砲撃をしようとしても、あの防御能力を突破するほどの砲撃ともなればそれなりに魔力充填をしなければならず、その間に接近を許してしまうだろう。

(このままじゃ・・・・・・マズイ。時間がかかり過ぎる。・・・・・・早くしないと、管理局が・・・・・・)

その余分な思考で、フェイトは意識を僅かに逸らしてしまった。
敵の攻撃を回避した直後の着地。その着地地点には木の根が露出しており、大きな石も側にあった。
意識が逸れていたフェイトはそのことに気が付かず、石を踏んで足首を捻り、つま先が僅かに木の根に引っ掛かってしまった。
突然の足首の痛みと動きのブレに、ただでさえ管理局のことを気にして焦っていたフェイトは、動揺から動きが止まってしまった。
そこへ迫る巨大蟷螂の鎌。

「フェイト!!」

「!」

<Defe・・・>

バルディッシュが咄嗟にバリアを展開しようとしたが間に合わない。
フェイトはそれでも身を守ろうとバルディッシュを突き出すが、これも間に合わない。
フェイトはただ自分に迫る凶刃を受け入れるしかなかった。

――だが、4つの銀光が突如飛来し、鎌に当たり軌道をフェイトから逸らした。

その隙に我に帰ったフェイトは飛行魔法で離脱しようとする。
蟷螂もそれを追うが、再び飛来した、今度は8つの銀光の直撃を受けて動きを鈍らせる。
8発の銀光を受けた部分の蟷螂の体は、僅かではあるがへこんでいた。
そのおかげで、フェイトは無事にアルフの元まで後退できた。
フェイトは安全な場所で、一度こちらを見失ってうろうろしている蟷螂を視界に入れたまま、先程の窮地を救ってくれた攻撃についてアルフに訊ねる。

「・・・アルフ、今のは・・・?」

「わかんないよ。急にどっからか飛んできて・・・」

アルフが口篭った所に、突然声を掛けられた。

「どうやら間に合ったようだな。怪我はないかね?」

その声に慌ててそちらを向く2人。
視線の先には、白髪で褐色の肌をした少年が黒い洋弓を手に立っていた。
フェイトとアルフにはその少年に見覚えがあった。
ジュエルシードが発生させたと思われる空間の割れ目から現れ、そして先日も、あの白い魔導師の少女と共にいた少年だった。

interlude out



現場に到着した士郎の目に飛び込んできたものは、巨大な蟷螂と戦っているフェイトだった。
素早い動きでフェイトに肉薄し、その鋭利な鎌を振るう蟷螂を、フェイトはそれよりもさらに速く動いて回避する。
互いの攻撃は決め手に欠け、一種の膠着状態が出来上がっていた。
しかし、その状況もフェイトが何かに気を取られてミスをしたことで、一気に蟷螂側に傾いた。
フェイトに迫る凶刃。
フェイトが体勢を崩したと同時に、士郎は弓と4本の鉄矢を投影して瞬時に狙いを定めて、放つ。
狙うは蟷螂の鎌。
マシンガンのように立て続けに放たれた4本の矢は、正確に鎌に命中し、その軌道を僅かに逸らす。
それを機ととったのかフェイトが即座に蟷螂から離れるのを確認すると、蟷螂の追撃を防ぐ為に今度は8本の矢を投影して打ち込む。
だが、蟷螂は攻撃によって追撃を中止し、頑丈そうな身体も何箇所かへこんでいたが、その固い表皮のお蔭か大したダメージはないようだった。
とはいえ、追撃を中止させただけでなく、蟷螂がフェイトたちを見失ったようなので成果としてはまあまあと言えるだろう。
そして、蟷螂から一旦距離をとったフェイトたちを見つけた士郎は、静かに近づいて声を掛けた。

「どうやら間に合ったようだな。怪我はないかね?」

声を掛けられた2人は驚いた様子でこちらを振り返る。
その表情には、驚きだけでなく困惑も浮かんでいた。

「あなたは・・・」

フェイトが言葉を続ける前に、アルフが動いた。
魔力弾を士郎に打ち込み、それと同時に一息で距離を詰めて近接戦闘に持ち込む。
アルフが近接戦闘を選択したのは、士郎が弓を手にしていたからだ。
彼女はそれを遠距離(アウトレンジ)系の射撃・砲撃を主体としたデバイスだと判断したのだ。
それに対して士郎は、瞬時に強化魔術を使って回避行動をとりながら弓の投影イメージを破棄。
イメージを失った弓は空中に霧散する。
そして、アルフの突きこんでくる魔法で強化された拳を、即座に投影した双剣、『干将・莫耶』をクロスさせて受け止める。
双剣に激突し、その後拮抗するアルフの拳。
拳を止められたアルフも、そしてフェイトも、弓が消えて突如として双剣が現れたことに驚きを隠せなかった。
なにせ魔力の発露はあったものの、魔法を行使したにしては魔法陣が展開されなかったからだ。
当の士郎は2人の驚きなどに気付きもせず、突然のアルフの行動に困惑するでもなく、落ち着いた様子だった。

「ふむ。窮地を救ったと言うのに、いきなり何をする?」

士郎のその言葉に、アルフは動揺からすぐに立ち直ると、拳を突き出したまま噛み付くように言った。

「・・・何をしに来た! この管理局の人間が!!」

「?・・・・・・ああ、なるほど。そういうことか」

士郎は双剣を力任せに押し出し、アルフを弾き返す。
そして、アルフが着地して再び攻撃を仕掛ける前に言った。

「確かに、私が管理局側の勢力に組していることは否定しないが、私は管理局の人間ではないよ。・・・・・・それに、いいのかね? 当初の目標をそのままにしておいて?」

その言葉に、一瞬キョトンとしたアルフとフェイトだが、その意味を察すると先程まで蟷螂がいた背後を振り向く。
振り向いた先には、再び自分たちを発見して接近してくる蟷螂がいた。
すぐさま蟷螂に対処しようとする2人だが、それよりも速く、2人の横を士郎が蟷螂に向かって走り抜ける。
そしてそのまま、蟷螂が振るった鎌を双剣で受け流す。
上下左右、ありとあらゆる方向から縦横無尽に繰り出される鎌。
それを士郎はしっかりと『視』て確実に軌道を逸らす。
フェイトとアルフはその光景に呆然としていた。
自分たちでは回避や防御をするのでやっとだった攻撃を、魔法らしきものを殆ど使わずに双剣のみで捌き切っている士郎を信じられないと言う目で見ていた。
その士郎が鎌の攻撃を捌きながら言った。

「・・・何をボサッとしている。私がこいつを食い止めている間に、さっさと封印したまえ」

そう言うと士郎は、蟷螂との戦闘に再び意識を戻す。
言われたフェイトとアルフは我に返り、すぐに封印の準備をする。
フェイトはバルディッシュをシーリングフォームに切り替えて砲撃の魔力充填を。アルフは補助魔法を組み上げてフェイトを補佐する。
全ての準備が整ったところで、フェイトが士郎に告げた。

「・・・準備、整いました。・・・いつでも撃てます」

「承知した。私の方で隙を作る。後はそちらのタイミングで撃て」

「・・・・・・わかりました」

士郎の言葉に頷くと、フェイトは砲撃のタイミングを見計らう。
士郎は蟷螂の攻撃を捌きつつ、フェイトが砲撃しやすいように相手の体制を崩せるところを探す。
そして、その隙はすぐに訪れた。
士郎が今まで受け流してした攻撃を、タイミングを外すために態と双剣で受け止め、一度押し返してから引く。
それによって体勢を崩した蟷螂の下へ潜り込み、全身の強化されたバネと筋力を使って思いっきり双剣で下から搗ち上げる。
そして頭を打ち上げられた蟷螂を、士郎はさらに跳躍して再び下から切り上げた。
それによって蟷螂の6本の足のうち2本しか地面についておらず、蟷螂はその軟らかい腹を曝け出すことになった。
それを見逃すフェイトではない。

「サンダー・・・スマッシャー!!」

号令と共に放たれる砲撃。
同時に蟷螂から離れる士郎。
本来、サンダースマッシャーはデバイスフォームのときに使われるものだが、魔法効果のある頑丈な表皮を突破する為とジュエルシードの封印を行う上で、シーリングフォームはある一つの魔法に魔力をすべて向けることに優れている。その為に、あえてシーリングフォームを選択したのだった。
その全ての魔力を注ぎ込まれた砲撃は、多少の抵抗は受けたものの、いとも容易く表皮を突破してジュエルシードを封印した。
ジュエルシードが封印されたことで蟷螂は元の大きさに戻り、そのまま茂みの中へ消えていった。
空中に浮かんだままのジュエルシード。
しかし、フェイトもアルフも戦闘体勢のまま士郎を睨み据え、ジュエルシードを回収しようとはしなかった。
それを見た士郎は、溜息を吐きつつ投影していた武器を破棄して徒手空拳になる。
訝しむ2人。
その間に士郎はスッと何気ない動作で素早くジュエルシードに近づき、手に取った。
その行動にフェイトは緊張し、アルフは今に襲い掛かろうとその鋭い犬歯を剥き出しにする。
だが、士郎は

「受け取れ」

そう言って手にしたジュエルシードをフェイト目掛けて軽く放り投げた。
またしてもの士郎の行動にフェイトも、敵意を剥き出しにしていたアルフもキョトンとしてしまった。
投げられ、放物線を描きながら近づいてくるジュエルシード。
それを見たフェイトは我に返り、慌ててバルディッシュを待機状態に戻して両手でジュエルシードを受け止めようとする。
その受け取るときの動きは、咄嗟の為かジュエルシードをキャッチしようと上を見上げてオドオドしていて、歳相応の愛嬌があった。
そしてしっかりと両手でジュエルシードをキャッチしたフェイトはすぐに手を開いてジュエルシードを確認し、ホッと軽く息を吐いた。
しかしすぐに表情を引き締めると、士郎に尋ねる。

「・・・どういうつもりですか?」

「どう、とは?」

「なぜ敵である私たちにジュエルシードを渡したんですか?」

「敵? 私は君達の敵になったつもりはないがな」

「――っ!とぼけるんじゃないよっ、この管理局の狗め!」

「とぼけてなどいないさ。私は君達の敵ではないし、管理局の狗でもない」

「この「――待って、アルフ」・・・・・・フェイト・・・・・・」

フェイトがアルフを宥め、一歩士郎に近づく。
ただし、それは話し合いをする為ではない。デバイスを構え、魔力の充填をしながら威嚇する為だ。
フェイトは、その赤い宝石のように綺麗な瞳で、士郎を睨みつける。
それに対して士郎は、余裕の笑みを浮かべている。

「もう一度訊きます。なぜ、私たちにジュエルシードを?」

「なに、ちょっとした条件を飲んで欲しいだけだ」

「・・・・・・条件?」

「ああ。君達と行動を共にさせてくれればいい」

「「!?」」

士郎の出した条件に驚く二人。
当然だろう。正面きって敵対しているわけではないが、仮にも敵対している側についている人間が同行させろと言っているのだ。
はっきり言って信用できる筈がない。

「・・・その条件は飲めません」

「ふむ、大体予想は付くがあえて聞こう。何故かね?」

「あなたは管理局の職員ではないにしろ、管理局との関わりを持っています。そしてあの白い子とも。私たちはその両方と敵対しています。なのに、管理局やあの子に情報を流すかもしれない、何時敵になるかもしれない人とリスクを背負ってまで行動を共にする理由はありません」

「ふむ、道理だな。しかし、いずれにしても君達は私と行動を共にするしかないのだよ」

「――?それはどういう・・・」

すると士郎は再びその手に双剣を表し、右手に持った陽剣干将を一度大きく振り、フェイトたちに突きつける。
その行動でフェイトたちに緊張が走る。
士郎はあえて少しだけ殺気を含んだ声で話した。

「今ここで私の同行を拒否すれば、剣を交えるまでだ。――管理局に捕捉され、包囲されるリスクを負いながらな」

「!」

「選べ、黒き魔導師よ。今ここで管理局に追いつかれるか、私が裏切るか否かに賭けるか。――急いだ方がいいぞ。管理局はすぐそこまで迫ってきているのだからな」

本当は士郎としてもこのような脅迫じみたやり方はあまりしたくはない。
しかし、この機を逃すともう彼女達と話すことができないかもしれない。
隠れ家を見つけて会いに行ったとしても、拒絶され戦闘になるだけだろう。
今ここで説得しようとしても同じことだ。
ならば、多少強引でも彼女達との接点を持ち続けることが、今は重要と考えたのだ。

「・・・・・・」

一方、奥歯を噛み締め、必死に状況を打開しようと思考するフェイト。
だが、どちらにしてもフェイトはリスクを負う事になる。
沈黙し、必死に考えているフェイトを心配そうに見ていたアルフだったが、いい加減に我慢できなくなったのか士郎を睨みつけながらフェイトに言った。

「簡単だよフェイト。このふざけた坊主をコテンパンにして、さっさと逃げればいいんだよ!」

「ダメだよ、アルフ・・・」

「なんで――」

「彼と戦うことになれば、それだけ時間がなくなる。ただでさえ、あの虫を倒すのに時間がかかったのにこれ以上ここにいるのは危険だよ」

「こんなやつすぐに・・・!」

フェイトの言葉に反論しようとしたアルフだったが、フェイトは静かに首を振って否定した。
確かに、一見すれば二人掛りで戦えば短時間で倒せるかもしれない。しかし、それでも貴重な時間を浪費することには変わりない。
加えて、先程の士郎と蟷螂の戦いを見ていた限り、彼を倒すのは容易ではないと分かる。
彼は防御が上手い。そして戦い慣れている上に、剣の腕前も相当のものだと分かる。
恐らく、全力で戦ったとしても管理局が到着するまでには倒せないだろう。
仮に倒せたとしても、こちらも無傷とはいかないだろう。
その後、管理局から逃げる、或いは戦って逃げる機会を窺うだけの余力が残っているかどうかも問題になる。
フェイトの無言の否定に、なんとなくそのことを感じ取ったアルフは悔しそうに歯噛みした。
その後も暫らく黙考していたフェイトだったが、意を決したように口を開いた。

「・・・・・・分かりました。あなたの条件をのみます」

「フェイト!」

「話が早くて助かるよ、お嬢さん。それではすぐに移動しよう。君たちが管理局に捕まっては、私も困るのでな」

「「??」」

「なに、気にするな。こちらの話しだ」

その後、フェイトたちに付いてその場を去った士郎。
逃走中に痕跡を残すのは流石にまずいと思ったのか、フェイトも比較的好戦的なアルフも、士郎に何も仕掛けてこなかった。
こうして、士郎は無事(?)にフェイトととの接触に成功したのだった。
ちなみに。
通信機と通信機に内蔵された発信機の電源を落としておいたのは言うまでもない。
もっとも、このことが原因で、後にアースラに戻ったときにクロノから延々と文句を聞かされる羽目になるのだが・・・。


あとがき
「赤き錬鉄の魔術使い」をお待ちいただいていた読者の方々へ。
大変長らくお待たせしました。ようやく復活できました。

今回の4話は復帰第1弾ということで少し文章内容がおかしかったり、書かれている内容がおかしかったりしますが、ご容赦くださいますようお願い致します。
何とか復活できましたので、今後は他の作品とあわせて月に1〜2作は作れるように頑張りたいと思います。
あくまで予定ですので、掲載が遅れてもどうかご勘弁を〜・・・。

それでは感想をお持ちしております。


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