魔法少女リリカルなのはFate 〜赤き錬鉄の魔術使い〜

1章5節 運命という名の少女 (後編



4月30日 遠見市 高層マンション

遠見市の北側に、住宅地やマンションやホテル、その他賃貸物件が数多く存在する地域がある。
士郎がフェイトたちを捜索するに当たって、特に重点的に捜索していた地域でもある。
そして士郎の読み通り、フェイト達の現地拠点となっている高層マンションもその地域内に存在した。
つい先程、士郎はフェイトたちと共に先の戦闘があった地域を脱出した。
その後、魔法などで追跡をできないように撹乱しながらこの地域へとやってきた。
そして今まさにそのフェイトの住んでいる部屋まで彼女とアルフに付いて来た訳だが、部屋に入室した直後、複数のバインドで身体を縛られて簀巻き状態にされ、床に転がされていた。

「・・・・・・なんか、あっさり捕まえられたから拍子抜けだねぇ〜」

「・・・そうだね・・・」

とはいえ、士郎も本当に隙を突かれて拘束されたわけではない。
ここで抵抗すれば、フェイトとアルフに対して敵対する意思があると彼女達は考えるだろう。
それを考慮してワザと拘束されたのだった。
しかし、今の状況を見てみると、フェイトたちはあまりにもあっさりと士郎を拘束できたことに困惑を隠しきれずにいる。
そして士郎もまた、ワザと捕まったとはいえ自分の無様な姿を女性二人に直視されていることが無性に恥ずかしかったりした。
無論、表情に出したりはしないが・・・。

「「・・・・・」」

「・・・・・・」

結果として暫らく沈黙が続いたのだった。
やがて士郎が気恥ずかしさに屈し、居た堪れなくなって2人に声を掛けた。

「・・・・・・いい加減、尋問するなり何なりしてもらいたいのだが・・・・・・」

「そ、そうだね」

フェイトは一度咳払いして、意識を真面目モードに切り替えた。
そして床に転がったままの士郎にバルディッシュを突き付ける。

「では訊きます。あなたの目的は何ですか?」

「ふむ。・・・・・・ここではぐらかしたら後が怖そうだな」

士郎はそう言って腹筋と背筋だけで身体を起こし、簀巻きにされたまま床に座る格好となった。

「簡単に言えば、恩返しだ」

「恩・・・返し?」

「ああ。私が大怪我をして空間の裂け目から出てきたのを、君達も見たのだろう?」

「・・・はい・・・」

「あの後、私は君の言う『白い子』、高町なのはとフェレットモドキのユーノ・スクライアによってなのはの自宅に運ばれ、傷の手当を受けた。そしてこの世界が如何なる場所かなどを教えてもらった。故に、なのはとユーノは私にとって恩人なのだ。傷の手当をしてくれて、そのうえ異世界に放り出されて右も左も分からない私に、色々教えてくれたのだからな」

「・・・・・・それと私たちと、何の関係が?」

「彼女が、なのはが君と話したがっている。可能なら戦いやジュエルシードのことを抜きでだ。しかし、現状それは不可能だ。だから私が代わりに君の話を聞きにきたのだよ。そして可能なら説得しに来た。『武力が伴っても構わない。ジュエルシードの問題が絡んでも構わない。なのはと真正面から話し合える機会を設けて欲しい』、とね」

士郎は真剣な眼差しでフェイトを見ながら、自分の僅かな願いも込めてそう言った。
しかし、士郎の話を聞いてフェイトは少し逡巡するように目を逸らしたものの、再び士郎のほうを向いたときに出てきたのは拒絶の言葉だった。

「それは・・・できません。私と彼女は同じジュエルシードを奪い合う敵同士です。話など・・・・・・できません・・・・・・」

「そうか。・・・ではせめてここにいる私にだけでもいい。君がジュエルシードを求める目的を教えて欲しい」

「目的・・・・・・」

「あるのだろう? 君にも、ジュエルシードの力を使ってでも叶えたい望みが」

「・・・・・・それは・・・・・・」

迷いを見せるフェイトだが、ここでも横からアルフが口を出してフェイトに「こんな怪しいヤツに話さなくていい」と言って、彼女が答えを言うのを遮ってしまった。
その後、士郎はトイレ以外はずっとバインドで全身簀巻き状態にされたままだった。
監視はフェイトとアルフが交互に行っていた。
その間もう一方は管理局が士郎の通報で、或いは彼を追跡して自分達の拠点に来るのではないかと周囲の警戒に当たっていた。
彼女達は時折、態と監視を解き、士郎がバインドを破って逃げ出したりといった怪しい行動を取らないかどうかを試したりもした。
しかし、士郎は一向にそのような素振りは見せなかった。
そして、何時まで経っても管理局の人間が現れる気配もなく、そのまま1日が過ぎ去ろうとしていた。



5月1日

昼を大分過ぎた頃。昨日のジュエルシード捕獲場所からそう遠くない場所で、再びジュエルシードが発動した。
フェイトとアルフは1日経っても管理局が現れる気配すらないことから、士郎は管理局の人間や協力者ではない、少なくともそういった関係は薄いものと判断。
一時士郎の監視を解き、バインドはそのままで彼を部屋に放置したままジュエルシードの発動場所へと急行した。
その間、士郎は。

「・・・・・・流石に1日も何も食べないと腹が減るな・・・・・・」

そんな愚痴を零していた。
あの無様な格好のまま1日だ。愚痴も零したくもなる。
しかし、食事のことで士郎はふと思い出したことがあった。
昨夜のことだ。
アルフが冷凍食品のあり合わせのような料理を持って、自分を監視していたフェイトの元へ持ってきたのだ。
それをフェイトは料理を目の前にして断っていた。
最初はフェイトが自分を監視する間に隙を見せないようにと気を張っている所為かと思ったが、何も食事時までフェイトが監視しなければいけないわけではない。交代すればいいだけだ。
しかしフェイトは頑なに食事を摂らなかった。
話を聞いている限り、その日に限らず以前から食事を摂らないことが度々あったようだ。
食べたとしても、それは微々たる量に過ぎず、アルフも非常に心配していた。
士郎も部外者と分かっていながら食事は摂るように忠告したが、アルフからは黙っていろと威嚇され、フェイトも首を縦に振らなかった。

「育ち盛りの年頃に、あのような食事ではダメだな」

フェイトが食事を摂らないのも問題だが、アルフが持ってきた冷凍食品尽くしの食事にもかなり問題がある。
士郎にはそれが我慢ならなかった。
食事を摂らない、或いは添加物などが多いインスタント・冷凍食品の類は子供の本来の成長を阻害するだけでなく、生活習慣病などの病気や体調不良の原因にもなる。
それを看過する訳にはいかない。
思い立ったら即行動に移すのみ。
士郎はフェイト達にちゃんとした食生活を送らせるという一点でのみ、バインドからの脱走を決意した。
しかし、いくら力を入れてみてもバインドはびくともしない。
強化魔術で筋力を上げ、引きちぎろうとも考えたが、それは反動が大きすぎるので却下した。
試行錯誤の末、最終的に魔力供給を断ち切ることのできる『宝具』を頭上に投影して、それを落下させることでバインドを切断した。
その時、危うく背中と手を投影した武器で串刺しにしそうになったのは秘密だ。
バインドから開放された士郎の最初の行動は冷蔵庫と台所のチェックだ。
台所は立派なシステムキッチンで、調理器具も大半が揃っていた。普通に料理をする分には問題ないだろう。
問題だったのは冷蔵庫の方だ。
こちらはハッキリ言って何も入っていなかった。
栄養ドリンクや冷凍食品はあったものの、士郎の求める『食材』はなかった。
そこで外へ買い物に行こうとしたのだが、ふとこの世界の通貨を持っていないことに気が付いた。
しばらく悩んだ士郎だったが、止むを得ず通信機でエイミィとリンディ艦長を呼び出してこの世界の通貨を用意してくれるように頼んだ。
リンディ達は、まさか既に士郎がフェイト達の隠れ家を発見してそこにいるとは露ほども思っておらず、ただ通信機の電源が切れていて先の戦闘後に全く連絡が取れなかったので心配していたようだ。
士郎は彼女達に悪いとは思いながらも、フェイト達の捜索にこの世界の通貨が必要であることを伝え、用意してくれるように交渉した。
結果、あっさりと要請は通り、士郎の指定した場所で局員と接触して通貨の入手に成功したのだった。
局員と別れた後、局員やサーチャーによる監視及び追跡がないかどうかを警戒しつつ食材を買出し、その後フェイト達の隠れ家に戻った。
隠れ家に戻ったとき、まだフェイトたちは帰ってきていなかった。

(もしかしたら、先程のジュエルシードの発生場所に向かった後に別の場所を捜索しているのかもしれないな・・・)

そうなれば、恐らく彼女達は疲れて帰ってくる筈だ。
そんな彼女達のために最大の持て成しをしようと、士郎は料理に取り掛かった。
そして士郎が隠れ家に戻ってから約3時間半後。
日が沈んで少しした頃にフェイトたちが帰ってきた。



ジュエルシードの発動を感知し、士郎を放置したまま発動地点へと急行したフェイトとアルフだったが、既に現場にはなのは達が到着して封印を開始していた。
今までなら強引にでも割り込んで奪取しているところだが、今彼女のバックには管理局が付いている。
現場やその周囲にもサーチャーなどが展開されていることはほぼ確実だった。
故にある一定以上の距離からは近づけず、結果としてジュエルシードがなのは達の手に渡るのを指をくわえて見ているしかなかった。
その後、なのは達が立ち去ってからその場を離れ、手ぶらで帰るわけにもいかないので外に出たついでに別の場所を捜索した。
しかし、努力の甲斐なく、こちらでもジュエルシードを発見することはできなかった。
そして間もなく日没とういう時間になってから、隠れ家として利用している士郎を放置したままのマンションへと帰還してきた。
もちろん帰還の際は管理局の追跡や待ち伏せなどがないかなど、十分警戒していた。
そして無事にマンションの自分達の部屋の前まで帰ってきたところで、フェイトとアルフはふと違和感を感じた。
出て行ったのは昼前なので、室内の電気は点けていなかったはずだ。
しかし、廊下に面した窓からは光が漏れている。
それだけではない。
台所に通じている換気扇が動いているらしく、廊下の排気口から何やらいい匂いが温かい風とともに吐き出されていた。

――管理局の待ち伏せ・・・!

二人はそう判断した。
フェイトとアルフは顔を見合わせると、フェイトはデバイスを起動し、アルフは人間形態へと変身した。
そして素早く周囲を索敵したが、武装局員などが潜伏している様子はない。
となれば少数精鋭部隊なのか。
フェイトの頭には白いバリアジャケットの少女と、黒い戦闘服の執務官、そしてあの白髪で褐色の肌の少年の姿が浮かんでいた。
フェイトは直ぐに状況を分析する。

(ここまで近づいちゃったら、ただ逃げるだけなら追いつかれる・・・・・・それなら)

一撃離脱。
それしかない。
室内に突入し、狭い室内での許容できる範囲内で最大威力の魔法を発動させ、敵が混乱している間にジャミングで撹乱しながら離脱する。
相手もこのような狭い空間で高威力の魔法を使ってくるとは予想していない筈。
だからこの作戦が成功する確率は高い筈だとフェイトは考えていた。
直ぐにアルフに作戦を知らせ、同意を求める。
アルフも派手にやろう!と乗り気だった。
そして2人で息を合わせ、ドアの鍵を開けて室内に突入した。
そこでフェイトたちが目にしたものは・・・・・・!



――――士郎がエプロン姿でテーブルに料理を並べている光景だった。



「「・・・・・・・・・・・・は?・・・・・・・・・・・・」」

士郎のかなり予想外の服装と状況に呆けるフェイトとアルフ。
それを士郎は何気なく迎え入れる。

「ふむ、遅かったな2人とも。だが丁度いいところに帰ってきた。今、出来上がったばかりだからな、冷めないうちに食べてくれ」

そう言って士郎は一度台所へ引っ込むと、また別の料理や食器を運んできてテーブルに並べる。
その間、フェイトとアルフは固まったままだった。
その時間、約5分。
そしてテーブルに全てを並べ終えた士郎が、未だに固まったままの2人に席に着くように促す。

「何をそんな所で固まっている? 早く席に着きたまえ。せっかくの料理が冷めてしまうぞ?」

士郎がそう言いながら席に着いたので、フェイトとアルフも釣られて座りそうになったが、ハタとこの状況に流されている自分たちを漸く認識できた。

「――ちょ、ちょっと待った〜〜〜!!」

「何だどうした? 食事を前に騒がしいぞ」

「・・・・・・これは、どういう状況なんですか?」

「ん? 見ての通り夕食――」

その言葉を士郎は最後まで言い切れなかった。
フェイトがデバイスを、アルフがその拳を突きつけてきたからだ。
しかし、フェイト達も未だに状況を把握できてはおらず、混乱したままだ。
それでも正気に戻って直ぐに室内と周囲を索敵したが、管理局の人間の反応はまったくない。
そう、目の前にいる未だにエプロンをしたままの、本来ならば今もバインドで拘束されたままのはずの士郎を除いては。

「・・・・・・何のつもりですか、これは? 私たちを油断させる為の罠ですか?」

「そのようなつもりは毛頭ないよ。ただ、君が昨日食事を摂っていなかったのでね。気を利かせて用意したつもりなのだが?・・・・・・ああ、心配しなくとも、君達の事を管理局に通報してはいない。言わなかったかな? 私が協力しているのはあくまでなのはだけだと」

士郎の目を、真っ直ぐに見据えて真意を測ろうとするが、フェイトが感じたのは「この少年は嘘を吐いていない」という根拠のない確信だけだった。

「では、どうやってバインドを抜け出したんですか?」

「それを話すのは構わないが・・・早くしないと料理が冷めてしまう。食べながらで構わないだろう?」

そう言って士郎は再び席についてしまった。
そして士郎は無言で、目で2人に「席に着け」と促した。
しかし、フェイトとアルフはこの特異な状況もさることながら、士郎を必要以上に警戒してしまっていた。
士郎はそんな彼女と、少し自分の迂闊な行動に嘆息しつつ言葉を発した。

「・・・安心したまえ。毒や睡眠薬、痺れ薬といった類は入っていない。そんなことをしたら、食べ物への冒涜だよ」

「「・・・・・・」」

士郎の言葉にどれほどの力があったのか。
それともフェイトとアルフ自身、これは罠の可能性が低いと判断したのか。
2人ともデバイスと拳を下ろし、席に着いた。
しかし、席に着けばあとは士郎の目論見通りだ。
いや、部屋に入った段階で、既にフェイトとアルフは士郎の術中に囚われていた。
ここ数日まともに食事を摂っていないフェイトはもちろん、素体が狼で鼻の利くアルフも目の前の色とりどりの料理を目の前にし、そのうえその料理の数々から漂う空腹感を誘ういい香りに、2人とも三大欲求のひとつである食欲を刺激されまくりだった。
料理を目の前にした2人からは、既に士郎に対する疑念や不信感は忘却されていた・・・。
そして、士郎は最後の仕上げに取り掛かった。

「それでは。・・・いただきます」

「「――い、いただきます・・・・・・」」

手本とばかりに士郎が真っ先に両手を合わせ、いわゆる「いただきます」をしたのだ。
それに釣られた2人も同じように「いただきます」をして手を料理へと伸ばした。
そしてフェイトはフォークで絡め取ったスパゲッティを、アルフはこんがりと焼き上げられたチキンを手に取り、恐る恐る口へと運んだ。
そして口へ運んだ瞬間、2人は驚愕した。

「・・・・・・とっても・・・おいしい・・・・・・」

「何これ・・・!めちゃくちゃおいしいよ!!」

その後は言わずもがな。
アルフは次々とチキンなどの肉を中心に口いっぱいに頬張り、フェイトも小さい口を懸命に動かしながら並べられた料理を次々と平らげていった。
士郎はそんな2人の姿に、彼女達に気付かれぬように薄っすらと微笑み、自らも食事を開始した。



暫らく後。
テーブルの上にある食器には、何ものっていなかった。
つまりが完食である。

「いや〜。ホント、めちゃくちゃ美味かったよ」

「うん、そうだね。私もこんなに食べたのは、久しぶりかな」

腹の底から癒されるような満腹感と、美味かった料理の味を思い出しながら自然と口が軽くなるフェイトとアルフ。
それを、士郎は静かに聞いていた。

「さっきの料理。リニスが作ってくれたものよりおいしかったかも・・・」

「そうだね〜。今までに食べたことないってぐらい美味かった」

「リニスとは、どんな人物なのだ?」

「リニスは母さんの使い魔で、私とアルフの教育係だったんだ。厳しいところもあったけど、凄く優しくて、作ってくれる料理もおいしくて、私にバルディシュも作ってくれて。・・・・・・今はもういないけど、私もアルフも大好きだった」

「そうか・・・。リニスのマスター・・・君の母親は、どんな人物なのだ?」

「母さんは・・・・・・昔は優しかったんだけど、今は研究にかかりっきりで凄く疲れているみたい・・・・・・。厳しくて怖いところもあるけど、それは研究に行き詰っているせいだから・・・・・・」

リニスのことを話すフェイトは、穏やかな表情で、懐かしい思い出を振り返っているようだった。
しかし、母親のことを話すフェイトは、リニスのことを話すときよりも明らかに表情が沈んでいた。
士郎はそのことに少し眉を顰めながらも、静かにフェイトの話しに耳を傾けていた。

「・・・・・・だから私は、ジュエルシードを早く集めて母さんの研究を完成させるんだ・・・・・・・・・そうすれば・・・・・・母さんはきっと、昔みたいに笑ってくれる・・・・・・」

「それが君がジュエルシードを集める目的か」

士郎はようやく合点がいった。
つまりフェイトは母親に強要されてジュエルシードを集めているのだろうと分かったからだ。
フェイトが悲しい、暗い目をしているのはその母親が変わってしまった事によるものかは、まだ分からなかったが。
しかし、彼女の目に宿された悲しみはそれだけとは思えない。
フェイトがさっき話したこと以外にもその理由があるのか、それともフェイトが控えめに話しをしたか。
いずれにしても今回のキーポイントになってくるのはその母親だ。
フェイトの年齢からしてみれば母親と言う存在は極めて重要だ。
その母親次第で、子供の置かれた状況は良くも悪くもなる。
そして、今のフェイトは明らかに悪い方向に進んでいることは確かだ。
しかし、まだ情報が不足している為に、解決策はもちろんフェイトの置かれた詳しい状況もぼやけたままだ。
そうやって士郎が思考に没している間に、食事のときの雰囲気が段々と薄れ始め、フェイトもアルフも段々と正気(?)に戻り始めていた。
そして、ついうっかりリニスや母親のことを話してしまったことを知る。
そして最初に噛み付いたのは、もちろんアルフだった。

「アンタ・・・! よくも嵌めてくれたね!!」

「嵌めた? 人聞きの悪い。君たちが状況に流されただけだろう?」

「この・・・!」

「それに。未だに管理局が現れず、食事にも薬物の類は混入していなかった。この状況で、君はまだ私が敵だと断言できるのかね?」

「む・・・・・・」

「君はどうだ、黒き魔導師よ・・・?」

「・・・・・・確かに、敵と断言するにはおかしな所が多いことも事実です・・・。・・・事実、この状況でも管理局は現れず、連絡を取っているそぶりもない。・・・・・・私自身、あなたが私たちを欺いているとは思えません。・・・・・・それに」

「それに?」

「・・・・・・敵の拠点で無防備に料理を作って、一緒に食事までするなんて・・・・・・よほどの、その・・・・・・おバカさんか、敵ではないかのどちらかしか考えられません・・・・・・」

「・・・お、おバカさん・・・・・・」

何気にフェイトにおバカさんと評されたのにショックを受けた士郎だったが、少なくとも敵と言うカテゴリに入れられなかっただけマシだろうと前向きに考えることにした。

「・・・それでは?」

「まだあなたを完全に信用したわけではありません。・・・管理局の側についていることは、あなた自身公言していた筈です。今は、少なくとも当面の敵にはならない、と判断しただけです。依然、あなたが警戒の対象であることには変わりはありません」

フェイトとしては脅迫されて仕方なく士郎をここまで連れてきたわけだが、連れて来てしまった以上、自分達の目の届かないところに行かれて管理局に拠点を通報されると非常に困るのだ。
しかし、実際に士郎と話したりすることでフェイト自身、理由の分からない安心感というかそういったものを感じたのだ。
『彼は信用できる』。そんな根拠のない確信が、フェイトにはあった。
故に彼女は、士郎を拘束することはせず、彼を泳がせて見ようと考えたのだった。
それは事実上、フェイトが士郎を受け入れるということに等しかった。
そのことに士郎は少し安堵し、依然警戒はすると明言されたものの、一先ず一歩前進することができたのだった。

「ふむ、それで構わんよ。私は、ただ君達から話を聞きたいだけだからな。敵対するつもりは毛頭ない」

士郎はそういうと席から立ち上がり、フェイトに向かって手を差し出したのだった。

「・・・?」

「なに、これから暫らくは一緒に行動するのだ。握手くらい、構わんだろう?」

暫らく士郎の差し出された手を見ていたフェイトだったが、おずおずと自分の手を差し出して握手をした。
初めて触る男の手の大きさと暖かさに一瞬ドキッとしたフェイトだった。
その後、アルフにも握手を求めた士郎だったが、彼女から「あたしは認めないよ!」といって拒絶されてしまった。
そのことに対して、士郎は苦笑しただけだった。

その後、疲れを取るには風呂に入ることと寝ることが一番と言って、士郎は2人に入浴を促した。
そして満腹感のおかげか、ここ最近の疲れの蓄積を感じたフェイトとアルフは、交代で士郎を監視しつつ入浴することにした。
最初がフェイトで次がアルフ。最後に士郎という順番になった。
士郎が入浴するときは脱衣所の外でアルフが監視を受け持つことになった。
そして2番目のアルフが風呂から上がってきたときだった。

「いや〜、いい湯だったよ。こんなにゆっくりお風呂入ったの、あの時の温泉以来だよ」

「よかったね、アルフ。・・・・・・じゃあ、次はあなたです」

「ああ、私も少々疲れたのでね。ゆっくり入らせてもらおう」

士郎が風呂場に行こうと立ち上がる。
そしてフェイトもアルフと共に士郎を風呂場まで監視に行こうとした。

「いいよフェイト。こいつの監視はあたしがやるから、フェイトはゆっくりしてて」

「ううん。お風呂の外で待つだけじゃ不十分だよ。私が探知と通信妨害の術式を展開するよ」

「でも、フェイト・・・」

「万が一の用心だけだから、大丈夫だよ」

そう言ってフェイトが2人の前を歩こうとする。
ちなみにフェイトは、肩を露出したシャツを着ている。
男を前に、無防備すぎるだろうと士郎は思ったが、彼女のバリアジャケット姿を思い出してなんとなく納得してしまった。

(まあ、それはどうでもいいか・・・)

そう士郎が思ったときだった。
ふとフェイトの露出した肩の後ろ側から背中に掛けて、赤い筋のようなものが走っているのが見えた。
今までのバリアジャケット姿や普段着では気付かなかったものだ。
士郎はその赤い筋が気になり、フェイトの腕を掴んで引き寄せてよく確認してみる。
さらに、赤い筋の全体を確認する為に、フェイトの着ているシャツを肩口の部分をめくって見る。

「わっ・・・!」

「――あ、あんた! フェイトに何するんだい!!」

突然の士郎の行動に引き寄せられたフェイトは驚き、シャツをずらされて素肌の背中を見られたことを悟ると顔を真っ赤にした。
そしてそれを見たアルフは怒声を上げながら士郎に掴みかかろうとする。
しかし、そんな周りの情報は士郎の頭には入ってこなかった。
例の赤い筋を凝視する士郎。
肩口から見えたものは1本だけだったが、少しめくったシャツから覗く背中には極狭い範囲であるのに対し、同じような赤い筋がいくつも奔っていた。
一見するとただの蚯蚓腫れのようにも見えるが、今は塞がっているが蚯蚓腫れに沿ってところどころ皮膚が裂けた痕がある。
そしてその筋は直線だけでなく、片方の先端が緩やかな、或いは急激な弧を描いて短く途切れている場所がある。
中には筋そのものが緩い弧を描いているものもある。

(・・・・・・これは・・・・・・鞭によってできた傷だ・・・!!)

そう。それらの特徴は、赤い筋が鞭によって付けられた傷であることを示していた。
士郎はフェイトの身体に付けられた傷が鞭でできたものだと知って、一瞬感情が沸騰しそうになった。
その気配を察したのか、フェイトもアルフも文句も言うことができずに息をのんでいた。
傷は殆ど表面が塞がっており、普段は薄まってしまってよく見えない。
しかし、風呂に入って体が温まり、血行がよくなることで残った皮膚下の傷が赤く浮き出てきたのだった。
昨日の戦闘では敵の攻撃手段は鞭ではなく鎌だった。
なのはの話を聞いている限り、フェイトは鞭やそれに類する攻撃手段を持っている敵とは戦ったことはない筈だ。
もちろん、なのはのいないところでそのような敵と戦ったことは否定できないし、今日そのような敵と戦ったのも否定できない。
しかし、この傷は少し前にできたものだ。
加えて、動きの素早いフェイトがこの傷の回数分、敵の攻撃をその身に受けたとは考えにくい。
だが・・・夕食のときのフェイトの話しや様子から、ある一つの可能性が士郎の頭を過ぎった。

(・・・・・・まさか・・・・・・)

その考え(・・・・)が浮かんだとき、士郎は否定したかった。
しかし、現状ではその発想しか浮かんでこなかったのだ。
士郎は、それが外れていることを願いながら、感情を可能な限り押さえ込んでフェイトたちに訊いた。

「・・・・・・誰だ・・・・・・?」

「「え?」」

「・・・・・・誰にやられた・・・・・・?」

「な、何が・・・?」

「・・・この傷は、誰に付けられたものだと訊いている・・・!!」

「「!?」」

それでも高ぶる感情が抑えきれず、言葉に滲み出てしまう。
その怒りの意味が分からず、漏れた感情に気圧されるフェイトとアルフ。
そして、士郎の放つ怒気に気圧され、アルフがついつい口を滑らす。

「――あ、あたしじゃないよ。あたしがフェイトにそんなことするもんか! やったのはオニババだよ!」

「ア、アルフ・・・!」「――誰だ、それは・・・?」

「フェ、フェイトの母親だよ・・・。あの女、フェイトが集めたジェルシードの数が少ないって、鞭で酷いことしたんだ・・・・・・今までも特に気に入らないことがあるとよく怒ってたんだけど・・・さ、最近は特に酷くなってきて・・・・・・」

「・・・・・・・・・そうか・・・・・・・・・」

士郎の予測は、当たって欲しくない予測は見事に当たってしまった。
これでフェイトの悲しく、寂しそうで、絶望を秘めた目の理由がハッキリした。
子供、特にフェイトのような年齢で母子家庭では、母親はその子供にとって世界そのものだ。そのこの全てだ。
母親にそのような虐待を受けているのでは、無理もない。
そして、そのような立場にいる母親が、フェイトのようなこんなにも優しく素直な子供を虐待していると言う現状は、士郎にとって許しがたいものだった。

――ギリッ・・・。

その音は、士郎が怒りを抑えようとして奥歯を噛み締めた音だった。
しかし、一向に怒りは収まらなかった。
士郎の怒りの形相と、そこから発せられる怒気に気圧され、しかしなぜ自分たちと関係ないはずの士郎がそのような感情を見せるのかと困惑するフェイトとアルフだった。

「・・・・・・気が変わった・・・・・・ゆっくり風呂に入れる気分じゃない。・・・・・・オレはこのまま休ませてもらうぞ・・・・・・」

そう言って士郎はリビングのソファーに横になってしまった。
暫らく士郎の様子を見ていたフェイトとアルフだったが、お互いに顔を見合わせるとリビングに出入りや通信を探知する結界を張ってフェイトの自室へと向かった。
その間も、ある程度収まったとはいえ、士郎から怒りの気配が消えることはなかった。



interlude

自室へと戻ったフェイトとアルフは、あの奇妙な少年について考えていた。
初めて出会った状況は極めて特殊だった。
なにせ空間の裂け目から突然大怪我を負った姿で現れたのだから。
2度目に出会ったのは、管理局が介入してきたあの臨海公園での出来事だった。
フェイトや『あの子』にも破れなかったバリアを粉々に破壊して、大木を灰が残らないほどまで焼き尽くした。
その次は昨日の戦闘。
突然現れて、その驚異的な戦闘能力で助けてくれたかと思うと、ジュエルシードをこっちらに渡してきたのだ。
しかもその後、自分を連れて行かないと邪魔をすると言って脅してきた。
でも、奇妙なことに敵対する意思はまったく感じられなかった。
そして極めつけが今日の一連の行動だ。
自分たちが目を離した隙にバインドから抜け出し、しかし逃げるでも管理局に通報するでもなく、料理を作って待っていたのだからおかしいとしか言いようがない。
だが。

「・・・・・・彼の作ってくれた料理、とってもおいしかったな・・・・・・」

「そうだね・・・。あたしもね、あの料理を食べたとき凄く驚いたんだけど、こう・・・なんともいえない暖かさって言うか幸福感って言うか、そいうのを感じたよ。・・・・・・まるで、リニスがいたときに料理を作ってくれたときみたいに。・・・・・・もしかしたら・・・・・・」

フェイトは、アルフが言わなかった先の言葉が分かっていた。

「うん。もしかしたら、味もそうだけど、そういう感覚もリニス以上・・・かもね」

リニスはとても優しかった。今でもずっとフェイトもアルフもそのことを忘れてはいない。
しかし、あの少年は捻くれてそうな性格をしてはいるが、料理からや食事の時に感じられた優しさや暖かさは、そのリニス以上だった。
正確には優しさの質とでも言うべきか。
フェイトにとって、今までに感じたことのない優しさだった。
最も近いのは昔の母親から感じた優しさだろうか。
その所為で、フェイトもアルフも彼を敵だとは思えなかった。
そして、フェイトの傷を見たときの怒りの感情もそうだった。

「・・・・・・彼、怒ってたね・・・・・・」

「・・・うん・・・」

「・・・驚いたけど、気圧されたけど・・・・・・なんでかな・・・・・・全然怖くなかったの・・・・・・」

「・・・・・・」

アルフにはその理由が少しだけ分かった気がした。
彼が怒っていたのはフェイトに対してではない。彼女の母親に対してだ。
彼はフェイトのことを想って、そして心の底からフェイトのために怒ったのだ。
だから、自分もフェイトも恐怖を感じなかった。

(・・・・・・あいつはまだ油断できない。・・・・・・けど、絶対に敵にはならないような気がする・・・・・・)

アルフはそう思った。
それだけ彼は真っ直ぐだった。
一見ひねくれているように見えて、性根はただただ真っ直ぐだった。
少なくとも、アルフも、そしてフェイトもそう感じていた。

(・・・・・・あいつなら・・・・・・あいつなら、本当に・・・・・・信じられるかもしれない・・・・・・)

(・・・・・・あの人は信じられる。・・・・・・なんとなく・・・そう感じる・・・・・・なんでだろう?)

そうして、2人はどこか落ち着いた気持ちで、なぜか安心して、この街を訪れて以来体験したことのない深い深い眠りについた。

interlude out




あとがき

段々と調子が戻ってきた気がします。
まだまだ更新ペースは早いとはいえませんが、これからも頑張っていくので、どうぞ生暖かく見守っていただけますよう宜しくお願いします。

今回も少し話しの持って行き方が強引かとは思うのですが、前回よりは抑えたつもりです。
今回は案外スラスラ書けたので、それほど違和感はない筈なんですが・・・。
その辺、ご意見をお待ちしております。

なお、今現在、感想版で頂いたご意見などを元に一部の設定を追加及び変更中です。
もしかしたら以前の話と食い違う部分が出てくるかもしれませんが、随時修正しますので。ということをあらかじめ記載しておきます。

それでは感想をお持ちしております。


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